高齢者が年金減額を受け入れるたった一つの案

金融庁の審議会がまとめたレポートに端を発した「老後資金2000万円」問題は、世間には貯蓄額の不足を嘆くきっかけになったようだが、事実は「現在、夫婦2人暮らしの高齢者世帯は毎月平均5万、貯金を取り崩しており、年金支給額が下がると取り崩し額は5万では済まなくなるので、若いうちから長期的な資産形成を図りなさい」という、至極まっとうなアドバイスである。

生涯に貯めるべき金額は?

数字の根拠は、厚生労働省が作成したもの。ゆとりある老後を過ごすには夫婦2人で最低貯金2000万が必要ならば、すでに配偶者が死去し、持ち家で2000万円以上の現金(普通預金・定期預金)を持つ母親は、ほぼ安泰だ。

子どもの頃から両親にお金がないといわれ、特に母には強く節約を強いられた・塾・予備校に行かせてもらえず、自宅から通える国立大しか進学を認めない、学費は自分で基本的に出せ、自動車が乗り潰す(19年目突入)、結婚式の祝い金は0円、出産祝いも少々……。

確かに10歳年上の父との年齢差は不安であり、膨大な介護費用の支出に備え、60歳になるまでは倹約に努めたのは正解だったかもしれない。しかし、父が病気に罹患したあと、水回りのリフォームを行わず、結果的に死期を早めたしまった。その後も自宅は最低限のメンテンスしか行わず、孫にすらほとんど援助はなし。そもそも、子どもが中学入学後、パート勤務を始めればもっとゆとりはあったはず。最初からさほど貧乏ではなく、心が貧しいだけだった。

今なお「お金がない」と叫ぶ愚かさ

母は、理想の老後資金「2000万円を超える金額を保有しながらも、「お金がない、すぐに飛んでいく、出費が大変、父が早くに亡くなって年金もらい損・介護保険かけ損」と叫ぶ。銀行金利が空前の低金利の今、定期預金に預けるだけでは殖えるはずがなく、資産運用の意思がない人の倹約思考と「貯まらなさ」は、やむを得ないのだろう。

 現金を抱え込む高齢者こそ、日本の少子化、格差、生き辛さの原因。金融資産を保有する高齢者は、そのまま現金で持ち続けず、子・孫・親族に生前贈与すると本人が得するような、相続税・贈与税を抜本的に覆す政策が必要ではないだろうか。

 生前贈与を促す仕組みとして、すでに「相続時精算課税」「教育資金に関わる特例」「住宅取得資金贈与の特例」などがあるが、いずれも贈与を受ける子・孫側のメリットが大きく、贈与する側の高齢者は承服できないようだ。よって、<保有財産の7割以上を生前贈与した場合は年金満額支給、全く贈与しなかった場合は半額、7割未満は贈与額と比例して年金支給額を決定>などと、自分のために不本意でも生前贈与せざるを得ない状況に追い込むしかない。

自発的な意思に委ねると生前贈与は進まない

子に1円足りとも現金を残したくない場合は、貯金を切り崩し、尽きたところで持ち家を売却して生活保護認定を得ればいい。年金だけで足りない場合は、子どもに支援してもらえばいいので、子・孫が浪費家でなければトータルでは変わらない。むしろ、若い世代なら適宜、運用商品に投資するので、貯金総額がアップする可能性がある。

金融庁を筆頭に推し進める「貯蓄から投資へ」。この目標を達成するために必要なことは、銀行口座の名義人の若返り(平均年齢引き下げ)と、年金支給額の抑制。一般的な日本人の保守的思考は、経済成長に対してマイナス影響しかない。

提案した仕組みが導入された場合、多くの高齢者は、子に渡したくない一心で、「年金半減」を選ぶはず。それでもいい。高齢者に猛反発されずに流動性のない死蔵資金を世代間で移転させ、年金制度の破綻を防ぐため全体的に支給水準を引きることが目的であり、自分は損しても世の中がよくなれば本望だ。

2019年5月ファーウェイ・ショックについて

中国・米国・西欧……地域・国名だけで頭ごなしに否定する人は偏狭だと感じる。「日本は日本、海外は海外」と区分する人も古いと感じる。世界はつながる、もうつながっている。

ファーウェイに対する禁輸措置(華為技術とその関連企業68社をエンティティリストに追加、許可なく米国から部品やサービスを調達できなくする)は、米国の自国の安全保障策ではなく、貿易戦争だ。なぜ、米国の利益確保のための政策に日本が追従し、そのために流通に混乱が生じ、メーカーの売上が大幅に下落した際、はたして米国は援助をしてくれるのだろうか。

世界は一つ、国境は要らない。パスポートも最終的には不要。映画『復活のルルーシュ』上映前には感じなかった、“戦争”が急激に身近に感じた。ファーウェイに対する理不尽な制裁は、歴史の針を元に戻す愚だ。IT技術国にのしあがった中国の台頭はもはや抑えられない。世界を一つにまとめるリーダーが求められる。

地頭がいい人の雑な生き方の結果

平均年収は調査によって異なる。今回は、全体的に高めの「転職サービスdoda」から引用する(出典:doda 平均年収ランキング最新版)。平均年収は20代346万円、30代452万円、40代528万円。年功序列は健在のようだ。dodaの調査は1歳ごとの年齢別平均年収が出ており参考になる。

年収ピークは20代後半

自分も配偶者も、実はリーマン・ショック前の2008年の年収が最も高い。その時は28歳だった。2017年のdodaの調査によると、28歳の平均年収は390万円、男性に限ると412万円、女性に限ると354万円。この結果を参考にすると、2008年時点では世代平均を超えていた。しかし、その後は昇給はなく(正確には給与体系を下方修正する見直し、労働時間短縮などがあった)、今は世代平均を大きく下回る。特に配偶者は酷い。首都圏在住・理系大卒フルタイム勤務にもかかわらず、平均より200万近く低い。はたして平均に達する日は来るのだろうか。

現状は、学歴と年収は比例しない。配偶者の出身高校は卒業後、偏差値が上がり、今は私が卒業した高校を超え、東大進学者も増えている。高校入学時点では、2人との学業成績は上位で、大学進学時点でも決して底辺ではなかった。しかし今は、「首都圏」というフィルタで見るならば負け組だろう。それでもダブルインカムだから世帯年収で見るとさほど低くない。

夫は頻繁に子育てのため専業主夫になりたいと口にする。しかし、主婦・主夫とは、小学校〜高校の理不尽な仕組み、PTAに率先して関わり、地域に根ざして生きる覚悟と行動力のある人のみの天職であり、地元に関わろうとしないタイプには不向きである。何より偏差値60のプライドが許さない。散らかった部屋に怒るモチベーションを転職活動や年収アップに振り分けて欲しい。

改めて表を確認して欲しい。調査によると、38歳の男性の平均年収は535万円、男女あわせても489万円だ。同年齢の男女差は約140万。平均的な年収のフルタイム勤務の男性とパート勤務の女性の組み合わせで達する世帯年収600万は首都圏で暮らすために必要な最低ラインであり、氷河期世代は、男性一人の稼ぎでは難しくなってきた。

夫婦あわせて1400万円以上のパワーカップル(定義によっては900万円以上)は、女性も男性並みに稼ぎがあり(女性の平均を大きく上回る年収を続けており)、だからこそマーケティングの格好のターゲットとなっている。類は友を呼ぶという真理が格差を拡大させ、少子化を加速させる。男性だけで十分な収入がなければ子どもは持つべきではないのだ。

「丁寧」だけでは年収は上がらない

地頭がいい人は存在していると感じる。自分が、頭の回転が良すぎて明後日の方向に向かいがちと自覚している。対して、夫は地頭はさほど良くなく、一点突破の能力だけ高いようだ。いわゆる「丁寧な人」だ。

自分は幅広く手を出す好奇心とハッタリで生きてきた、地頭の良さを生かしきれていない「雑な人」である。支えてくれる支援者がいればきっと起業家として成功しただろう。残念ながら、若い時分は毒親から離れる決心がつかず、地元に囚われた結果、生涯のビジネスパートナーとは出会えなかった。

今の日本で高年収を得たければ、各世代の年収水準の高い大規模企業またはベンチャー企業に勤務し、同時に人脈を広げることが不可欠。人とひとのつながりでビジネスが回る。ブログ論壇さえ人脈が大事ということは、Hagex氏刺殺事件が示している。加害者の低能先生はネット上でも孤独だった。Hagex氏はネット上で出会い、リアルで交友している友人が多数いたため、事件発生後、多くの追悼が寄せられた。

ブログやPVの数値は、顔の見えない応援者だと信じている。一人よがりでもいい。発信した情報、心の言葉が誰かの役に立つように。向上心は常に持ち続けるべきだが、その向上心の矛先は、キャリアアップと社会貢献に向けたい。

あゝ、モチベーション

ブログに関しては、WordPressの仕様変更が引き金となった。バージョン5.0の新エディタは「Gutenberg」という名称らしいが、自分のスタイルに合わず、プレーン状態で書き込めなくなり、一部でレイアウト崩れも発生しているため、書くモチベーションが上がらない。狂った生活リズムも原因の一つだろう。

以前なら湧き上がった感情が、ない。

再び、インプットモードに入ってしまったようだ。幸いなことに、ブログは続けることに意味がある。いつの日か、2017年〜18年前半のように量産化モードに入るだろう。

正しくは2018年5月末の時点で、朝起きて、異様に何もやる気が起きない日が続いていた。ただ、疲れ切ってた。子育てとは、我慢と後悔の積み重ね。そうして男女は老いていく。もっと精神的に支援して欲しいと切に願う。

※WordPressの新バージョンの不便さは、プラグイン「Classic Editor」のインストールで解決。しかし、新エディタもメリットはあり、新規作成なら有益だろう

学生革命家ルルーシュは神話L.L.で永遠に

2008年、『コードギアス 反逆のルルーシュ R2』放映開始直後にTwitterを始める。それから昨日まで発信したツイートは22457。当時は最大のネットコミュニティ・情報源は「2ちゃんねる」だった。いまは違う。LINEやFacebook、Instagramなど、いろいろあるが、自分は即時性のあるTwitterが使いやすかった。しかし、リアルタイム過ぎて半日で祭りは終ってしまう。コンテンツはますます「消費」されるようになった。

愛すべきルルーシュ

さて、2006年当時に日本でTwitterが流行っていたらコードギアスは当初から祭り続きだったかもしれない。しかし、その人気は一過性で終わった可能性が高い。「スマホ普及前」だったからこそ、ルルーシュのキャラクターは受け入れられ、愛され、男女ノーマルもBLカップリングも盛り上がった。自分はアニメ・マンガ好きであっても、「仲間との関わり」や「友人以上恋人未満」の関係が好きだ。「コードギアス 反逆のルルーシュ」は完璧だった。ナナリー大好きお兄さんルルーシュではなく、部下カレンと上司ルルーシュ、覆面の学生テロリスト・ルルーシュが好きだった。

好きなセリフというかシチュエーションは、「まさか本当に学生とは……」と正体が露見して、呆れた感想が出てくるところ。しかし、総集編映画3部作は学園生活シーンが減ったため、学生ではなく「少年」に変わった。個人的には少し残念だ。学生服ルルーシュがビジュアル的にも萌えたのに。

しかし、皇帝ルルーシュも捨てがたく、基本的にキムタカデザインのアニメ絵ルルーシュが好みだが、たまにキャラクター原案・CLAMPが描くルルーシュを見ると美しいとハッとする。CLAMPのNo.1ヒット作は、残念ながらアニメ・映画「コードギアス 反逆のルルーシュ」なのだ。それくらいヒットの要素としてビジュアル面は大きい。今はこうしたアニメチックな絵はトレンドではなく、最後のヒットといえるかもしれない。

コードギアス 復活のルルーシュver1

映画と時代

2008年9月の放映終了から11年、スマートフォンがだいぶ普及した結果、デジカメは売れなくなり、薄型テレビも浸透し、時代は4Kに切り替わりつつある。4Kテレビのクオリティにふさわしい作品として再び世に出せば、グッズ・アイテム・ゲームなどが売れ、円盤BOXも売れ、動画配信でもリピートされると踏んだ経営陣はオリジナル制作者「映画製作」を命じたと簡単に予想できる。

後継作品が生まれず、人口減少(若者減少)の日本でビジネスを続けていくための「延命」のための作品作り。約2時間の映画『コードギアス 復活のルルーシュ』は、その要求に応えつつ、物語の面白み・アクションのケレン味、声優ならではの演技を詰め込んだ、まさしく全部入り。しかもクオリティはハイレベル。テレビアニメは決して見ないが、アニメ映画なら鑑賞するという「映画ファン」にも強くアピールできるエンタテイメント作品に仕上がった。

平和は得難いもの、同じ明日が続くとは限らないというメッセージを投げかけつつ、最後はファンに向かって、史上最高クラスの人気キャラクターである、ルルーシュをまさにタイトルどおり、復活させ、「永遠」に神輿に乗せると、約束してくれた。

声優・福山潤が引退しない限り、ルルーシュは生き続ける。声変わりした玉城も今作では違和感がなかった。生身の声優はいつまで活動できるかわからないので、続編やリメイクは生きているうち、できるだけ早いほうが望ましいのだ。

10年間でいろいろ変わった。子どもが生まれた。一緒に買い込んだBDを視聴する日はいつになるだろうか。裏表あるルルーシュは人によって受け入れ難いようなので自発的に見たいという日まで、見せないで置くほうが吉だろうか。

5年後に25歳になったカレン、シャーリーがルルーシュに結婚を迫り、右往左往する『コードギアス 復活のルルーシュ2』、20年後にもうひとつの世界線(TV版が深夜枠で続いていたままのシナリオ)『コードギアス 反逆のルルーシュ Another』といった作品を期待したい。その時、家族は子ども一人の3人か、望んでいてもほぼ可能性の2人目と一緒の4人か、それとも独りか、未来はわからない。少なくとも11年前の自分は、出産直後ですらルルーシュの生存は信じていなかった。

制作者がファンに向けた答え……若すぎた

考察でよくあった、ルルーシュは「L.L.」になる。

本当に深読みが当たってしまった。黒の騎士団に対し、ルルーシュが自ら素顔を晒して指揮を取る―思い描いていたシーンそのまま、むしろ想像以上に。

素直にスタッフに感謝しよう。そして、よくわかっている。この作品自体がアニメファン・フィクション好きに向けた奇跡かもしれない。ギアスは願い。最近、フィクション作品から離れて忘れかけてた。

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