夢を追い求め、自問自答は続く

投稿者: | 2012/08/15

 きっかけは、はっきりとは覚えていない。偶然、ちきりんさん(@InsideCHIKIRIN)とブログ「Chikirinの日記」の存在を知り、感銘を受け、過去記事を遡って読んだ。保険に対する考え方など、一部を除き、おおむね同意する。

『ゆるく考えよう』は、悩み・不安を軽くする人生指南書

 「Chikirinの日記」を再構成したちきりんさん初の書籍『ゆるく考えよう 人生を100倍ラクにする思考法』が発売された2011年1月、市外の大型書店なら平積みになっているはずだから、中身を見て気に入ったら買ってきてと相方に頼んだ。ブログをまったく読んだことがない相方に読んで欲しかったからだ。しかし、タイトルが気に入らないと言い、買って来なかった。その後も、オススメブログとして「Chikirinの日記」を何度も薦めたが、話題になった記事数本を除き、読んでくれなかった。仕方がないので、私のほうで内容を要約し、口頭で伝えた。

 最近、ふと思いつき、図書館の蔵書を検索したところ、『ゆるく考えよう』があったので予約した。発売から1年以上経っているにも関わらず、5件も予約が入っており、ちきりんさんの知名度・影響力は、ネット上だけではなく、リアルにも広がっていると驚いた。ちなみに同時に予約した『自分のアタマで考えよう』はベストセラー小説並みの26人待ちで、まだ順番が回ってきていない。

 こうした経緯で、ようやく2012年7月に入って読んだ『ゆるく考えよう』。ブログの再構成にとどまらない密度の濃い内容に、新刊で購入するべきだったと反省した。内容と体裁から、いわゆる「自己啓発本」に分類されるかもしれない。しかし、本質は、情報リテラシー・知的好奇心の高い人に向けた哲学書だ。手元に置いておき、何かに悩んだら、その都度、読み返したい。本のページをめくりながら、ここ数年の悩み・不安が少しだけ軽くなった気がした。

挫折と限界を知った高校時代、英語への苦手意識と後悔

 今後、日本国内で働く限り、一流企業に勤めるグローバル人材と、一部の特定の職業以外は、高い収入を得ることは難しいだろう。「勝ち組」になるには、高い英語力(語学力)、コミュニケーション力、人脈(人的ネットワーク)が必要だ。しかし、会社員の父と専業主婦の母の教育方針「塾・予備校はなし、小中高大すべて国公立、大学の学費は奨学金をもらい、自分で支払うこと」に沿ったばかりに、それらを得ることができなかった。

 小学校時代、テストの成績だけはよく、周りから「頭がいい」と言われていた。日能研に通う同級生に触発され、私立中学に進学したいと両親に訴えたが、聞き入れてもらえなかった。公立中学進学後、年々、成績は下がっていった。なかでも、中学から増えた「英語」が足を引っ張った。中学時代は、何とか上位の成績をキープできたが、高校の最初の中間試験では、余りの順位の低さに愕然とした。このままでは大学進学すら危ういと感じ、夏休みから勉強時間を増やし、順位も少し上がったが、高校2年あたりがピークだった。学校と予備校の二か所で学ぶ同級生は、高校3年の夏休み後、どんどん実力を伸ばしていった。一方、私は、マンガや本ばかり読んでいた。大学受験は、受験にかこつけた東京街歩き。いろいろな駅・街・校舎を見て回って楽しかった。

 早稲田などいくつかの大学を受験し、合格したのは、成城大学文芸学部マスコミュニケーション学科、改組で新たに誕生した横浜国立大学教育人間科学部マルチメディア文化課程、滑り止めとして受けた國學院大学文学部日本文学科のみ。学費の安さと世間体の良さから横浜国大を選び、大学時代はバイトとインターネットに明け暮れた。大学での英語の授業は、単なる語学系単位の埋め合わせに過ぎず、英語力アップにはつながらなかった。英語に対する苦手意識は自己否定につながり、将来に対する不安の原因の一つになった。真面目に勉強しても身につかなかった体験は、自己投資に対する疑念を生み、以来、「学び」に消極的になった。

 伊勢原にあったパン屋「ブノワトン」の高橋店主は、30代でガンを発症し、治療・再発後、幼い子どもを残して亡くなった。それ以来、「人生は40年」だと思っている。一般的にいわれる「人生80年」の半分しかないのなら、もっと多くの人と交流し、いろいろなことにチャレンジするべきだったかもしれない。特に、亡くなった父からは、撮影テクニックなど、実践的なことをもっと教わるべきだったと後悔している。

何を諦め、何を諦めないのか?

 『ゆるく考えよう』を読むと、こうしたさまざまな後悔、自己否定の思いが、ぱっと脳裏から消える。高校時代の試験や大学受験、就職活動などを通じ、挫折と自己の限界を知ってから、「人生のレール」から落ちないために、今まで真面目過ぎだったかもしれない。実際には、余り努力せず、費用もかけず、ほとんど「運」だけでやり過ごしてきてしまったため、私以上にがんばっている人に対して、負い目を感じている。

 ブログ「Chikirinの日記」の各記事を単体で読むと、思いつきや過激な炎上ネタが脈絡なく書かれているだけに見えるかもしれない。しかし、再構成された書籍を読むと、印象はだいぶ変わる。文章から、揺るぎのないメッセージと、真面目ゆえに苦しむ人々への思いやりを感じる。

 自分自身も苦しみ、悩み、ようやく辿り着いた「すべてを得よう」としない達観の境地。マスメディアを通して広がった「画一的な人生のモデルケース」が瓦解していくなか、心穏やかに生きるには、諦めること/諦めないことを決め、諦めたことには執着せず、諦めたくない自身の夢には努力を惜しまないことが重要。「がんばらない自分」を肯定するだけで、不安と後悔が消え、気持ちと思考が自由になる。……しかし、残念ながら、読了後、しばらく経つと、再び不安になり、真面目に考え過ぎるいつもの自分に戻ってしまうのだった。やはり手元において、繰り返し読みたい。

「真面目」だけでは解決できない不安

 ブログの書籍化は、インターネットを利用しない中高年層や、個人ブログを読む習慣がない層に届けられるというメリットがある。何度、薦めてもブログを読もうとしなかった相方は、私が貸した書籍『ゆるく考えよう』を読み、今まで”読まず嫌い”だったことを棚に上げ、「人生について何も考えていない人は『ゆるく考えよう』ではいけない。ふだんから考え過ぎの人は『ゆるく考えよう』でいい」と、同意していた。

 新たな気づきを得ても、真面目さなことだけが取り柄の人間にとって、「ゆるく考えよう」の実践は難しい。いのちある限り、夢や欲望を諦められずに、何を優先すべきか、決断できず、迷い続けるだろう。才能と努力、運、親の教育方針・経済格差が人生を大きく左右する今の社会を許容できるほど、達観の境地には至っていない。

【関連記事】
・「増税」は不安を増長させるだけ(2012年6月のツイートまとめ)
・子どもは親の所有物ではない