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学生革命家ルルーシュは神話L.L.で永遠に

2008年、『コードギアス 反逆のルルーシュ R2』放映開始直後にTwitterを始める。それから昨日まで発信したツイートは22457。当時は最大のネットコミュニティ・情報源は「2ちゃんねる」だった。いまは違う。LINEやFacebook、Instagramなど、いろいろあるが、自分は即時性のあるTwitterが使いやすかった。しかし、リアルタイム過ぎて半日で祭りは終ってしまう。コンテンツはますます「消費」されるようになった。

愛すべきルルーシュ

さて、2006年当時に日本でTwitterが流行っていたらコードギアスは当初から祭り続きだったかもしれない。しかし、その人気は一過性で終わった可能性が高い。「スマホ普及前」だったからこそ、ルルーシュのキャラクターは受け入れられ、愛され、男女ノーマルもBLカップリングも盛り上がった。自分はアニメ・マンガ好きであっても、「仲間との関わり」や「友人以上恋人未満」の関係が好きだ。「コードギアス 反逆のルルーシュ」は完璧だった。ナナリー大好きお兄さんルルーシュではなく、部下カレンと上司ルルーシュ、覆面の学生テロリスト・ルルーシュが好きだった。

好きなセリフというかシチュエーションは、「まさか本当に学生とは……」と正体が露見して、呆れた感想が出てくるところ。しかし、総集編映画3部作は学園生活シーンが減ったため、学生ではなく「少年」に変わった。個人的には少し残念だ。学生服ルルーシュがビジュアル的にも萌えたのに。

しかし、皇帝ルルーシュも捨てがたく、基本的にキムタカデザインのアニメ絵ルルーシュが好みだが、たまにキャラクター原案・CLAMPが描くルルーシュを見ると美しいとハッとする。CLAMPのNo.1ヒット作は、残念ながらアニメ・映画「コードギアス 反逆のルルーシュ」なのだ。それくらいヒットの要素としてビジュアル面は大きい。今はこうしたアニメチックな絵はトレンドではなく、最後のヒットといえるかもしれない。

コードギアス 復活のルルーシュver1

映画と時代

2008年9月の放映終了から11年、スマートフォンがだいぶ普及した結果、デジカメは売れなくなり、薄型テレビも浸透し、時代は4Kに切り替わりつつある。4Kテレビのクオリティにふさわしい作品として再び世に出せば、グッズ・アイテム・ゲームなどが売れ、円盤BOXも売れ、動画配信でもリピートされると踏んだ経営陣はオリジナル制作者「映画製作」を命じたと簡単に予想できる。

後継作品が生まれず、人口減少(若者減少)の日本でビジネスを続けていくための「延命」のための作品作り。約2時間の映画『コードギアス 復活のルルーシュ』は、その要求に応えつつ、物語の面白み・アクションのケレン味、声優ならではの演技を詰め込んだ、まさしく全部入り。しかもクオリティはハイレベル。テレビアニメは決して見ないが、アニメ映画なら鑑賞するという「映画ファン」にも強くアピールできるエンタテイメント作品に仕上がった。

平和は得難いもの、同じ明日が続くとは限らないというメッセージを投げかけつつ、最後はファンに向かって、史上最高クラスの人気キャラクターである、ルルーシュをまさにタイトルどおり、復活させ、「永遠」に神輿に乗せると、約束してくれた。

声優・福山潤が引退しない限り、ルルーシュは生き続ける。声変わりした玉城も今作では違和感がなかった。生身の声優はいつまで活動できるかわからないので、続編やリメイクは生きているうち、できるだけ早いほうが望ましいのだ。

10年間でいろいろ変わった。子どもが生まれた。一緒に買い込んだBDを視聴する日はいつになるだろうか。裏表あるルルーシュは人によって受け入れ難いようなので自発的に見たいという日まで、見せないで置くほうが吉だろうか。

5年後に25歳になったカレン、シャーリーがルルーシュに結婚を迫り、右往左往する『コードギアス 復活のルルーシュ2』、20年後にもうひとつの世界線(TV版が深夜枠で続いていたままのシナリオ)『コードギアス 反逆のルルーシュ Another』といった作品を期待したい。その時、家族は子ども一人の3人か、望んでいてもほぼ可能性の2人目と一緒の4人か、それとも独りか、未来はわからない。少なくとも11年前の自分は、出産直後ですらルルーシュの生存は信じていなかった。

制作者がファンに向けた答え……若すぎた

考察でよくあった、ルルーシュは「L.L.」になる。

本当に深読みが当たってしまった。黒の騎士団に対し、ルルーシュが自ら素顔を晒して指揮を取る―思い描いていたシーンそのまま、むしろ想像以上に。

素直にスタッフに感謝しよう。そして、よくわかっている。この作品自体がアニメファン・フィクション好きに向けた奇跡かもしれない。ギアスは願い。最近、フィクション作品から離れて忘れかけてた。

■関連記事
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劇場版コードギアス3部作に思うこと

**ネタバレあり。未見の方はご注意ください**

かつて最もハマった作品、そして、今後もこれ以上、繰り返し視聴する作品はないと思われる作品、「コードギアス」。かつて熱心に視聴し、ようやく冷めてきたところに映画化決定。バンダイグループの新規コンテンツの訴求不足の裏返しである。実際、「ドラゴンボール」のように、リメイクや再放送で作品寿命が伸びてきた作品は多い。単発で終わらせるには、学生/テロリスト/為政者の3つの顔を持つルルーシュの魅力は捨てがたいと考えたようだ。
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映画『この世界の片隅に』 生きる意味を問い直す「右手」の重み

 11月23日水曜日、レディースディ。映画『この世界の片隅に』を鑑賞するため、池袋に赴いた。劇場は「池袋HUMAXシネマズ」。大学3年時に、夜21時から3作連続で上映された『名探偵コナン 天国へのカウントダウン』のオールナイトイベント以来の訪問だ。例え、店に入らなくとも、いろいろな街を歩くと感慨深い。どこも同じようなテナントが並ぶ大型SCより、定番のチェーン店と個人経営の老舗・新店が入り混じった都心の街のほうがおもしろい。池袋駅自体は、乗り換えで頻繁に利用している。サンシャイン方向へ出たのは数年ぶり。以前と同様、独特の雑多な雰囲気は変わらない。

 大学時代も、土日のたびに、朝5時に起床して早朝からバイトに行くなど、無茶な行動をしていた。しかし、最近の分刻みのスケジュールに比べれば、まだ余裕があった。案の定、池袋駅で数分さまよい、前日に購入したオンラインチケットの引き換えに時間がかかったため、着席して1分も経たずに映画が始まった。準備が整っていなかった冒頭の数分と、涙で正視できなかったクラウドファンディグ出資者の名前が流れたED後のシーンだけでも、できればもう一度、観たいと思っている。

がんばる自分にご褒美を―この世界の片隅にいま、必死に生きてる

仕事と育児・家事の両立を果たすため、試行錯誤した結果、睡眠時間を削り、移動時間や空き時間を最大限活用して自分の時間を確保するしかないという結論に行き着いた。しかし、「自分の自由になる時間」以上に、心のバランスをとるため、「自分の好きなものを好きな時間に食べること」を重視してスケジュールを立て、食にこだわるあまり、肝心の食事時間を確保できず、物をなくしたり、些細な仕事上のミスを繰り返したり、11月は、自己嫌悪の極みの状態だった。

 そうした中、無理やり時間を捻出し、往復の2時間強の電車内は、ほぼすべて熟睡するという体調不良のなかで観た『この世界の片隅に』は、劇場鑑賞を強行した甲斐のある傑作だった。今後、戦争と日常を描いた映画の新定番として、5年、10年と継続的に、全国各地で上映され続けるだろう。

 作中、戦うシーンはない。けれども、女性を中心に、登場人物は皆、戦争と戦っている。見えない敵、見えない終幕。やがて突然終了し、今までの延長のようで、まったく違う新しい時代がやってくる。
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『シン・ゴジラ』を見て、最低限のこだわりは捨てず、好きに生きようと誓った

 映画『シン・ゴジラ』を「109シネマズ川崎」で観た。なぜ川崎か。ネタバレを避けるため、感想は見ないように心がけていたが、ふと「川崎が壊される」というツイートを見かけたからだ。実際には、鎌倉や東京都内のほうが被害は大きかった。最終決戦は、東京駅周辺だった。見慣れた駅舎が崩壊し、活動を停止したゴジラがそのまま鎮座する異様。ラストシーンは、「現実(ニッポン)対虚構(ゴジラ)。」というキャッチコピーそのものだった。

※鑑賞回数1回・パンフレット未購入のため、内容やセリフに記憶違いがある可能性があります。ご容赦ください。また、矢口、牧さん、カヨコ以外の人物名は、執筆にあたり、名前と肩書を調べました。

今の自分はすべて「エヴァ」から始まった

 1995年10月。TV版『新世紀エヴァンゲリオン』は初回から引き込まれ、録画したビデオを何度も繰り返し見た。待たされた1997年の劇場版以降、徐々に熱は覚め、それ以降は、決して熱心なエヴァファンではない。しかし、1995年10月から翌年3月にかけては、日本一熱心なファンの一人だったと自認している。
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映画『るろうに剣心 京都大火編』感想――懐かしさと新しい魅力

 観るか観ないか、だいぶ悩んだ末、映画『るろうに剣心 京都大火編』を観に行った。鑑賞料金は、レディースデーのため1100円。観客は、俳優のファンと思われる20~50代の女性が多く、まれに子ども連れもいた。

・映画『るろうに剣心』公式サイト

 映画版第1作は観ていない。映画公開にあわせて執筆された原作者によるセルフリメイク『るろうに剣心 -キネマ版(特筆版)-』は、情報は知っていたが、やはり見ていない。アニメ化時のキャスト変更と、縁編(人誅編)の展開に失望し、連載開始当初のような熱意を失ったまま、連載が終了したため、「今さら」感のある映画化に興味が沸かなかったからだ。映画版第2弾『京都大火編』も、志々雄真実役が大河ドラマ『新選組!』の沖田総司役だった藤原竜也だと知り、予告編を見るまでは観る気はなかった。
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 冒頭の日常シーンでは、和洋折衷・文明開化の街の様子に、実写ならではの美しさ、細かさを感じた。史実に忠実かどうかはわからないが、多くの人がイメージする明治初期の雰囲気は、こんな感じだ。洋装と和装の人が入り混じり、どんどん新しい文化が生まれ、民衆は陽気で明るい。志々雄一派が集うシーンも和洋折衷で、賛同する一般兵(モブ)は、明治維新に不平を持つ氏族が大半なのだろうかと、混沌とした幕末~明治初期に思いを馳せた。
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映画『風立ちぬ』感想ー失われた「熱中」を描いたノスタルジック・ファンタジー

 映画『風立ちぬ』は、写実的なようでウソっぽいファンタジー。実在の人物・出来事をもとに、大正末期から昭和初期の激動の時代を描き、「反戦」を訴えているようにも、兵器である飛行機に魅せられた主人公・堀越二郎の狂気を描写しているようにも見える。テーマは、飛行機と反戦と出会いと熱中。ヒロイン・菜穂子の健気さは、多くの男性が好むところだろう。出自の良い、理想の年下妻(幼女)だ。ナウシカやキキは、勝ち気で自分で運命を切り開くタイプだったが、菜穂子は、珍しく男性に頼り、理想の自分だけを見せて姿を消した。表面的には頼っても、歴代のヒロイン同様、根本的には「自分で決める」性分だった。

 「起承転結」の速さと大胆なアクションを極上とする「映画」としては一級品。ただ、ウリの飛行シーンや軍用機の描写は、『ストライクウィッチーズ』の映画版のほうが上だった。スタジオジブリの手にかかると、すべてヨーロッパ風のノスタルジックな色に染まってしまう。物語自体は、運命的に出会った薄幸の美少女との唐突な悲恋をアクセントにした、ごく普通のストーリー。流れるように時が過ぎていき、「夢」と「現実」の境界線を意図的にわかりにくくしているため、掴みどころのないフワフワとした印象が残る。それでも、音や脇役のセリフが光る。二郎のぼそぼそとした抑揚のないしゃべりも、前評判ほど悪くない。あまりにもリアルで、生々しすぎると思うシーンもあった。
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映画『おおかみこどもの雨と雪』感想ー子どもの自立と親の子離れを描いた意欲作

 映画『おおかみこどもの雨と雪』、この作品は賛否両論が起きている。私は「賛」の立場だ。

 物語のクライマックスは、子どもが親から自立し、親もまた、「育ってゆく子どもを認めるところ」にある。主人公の花は、最初、両親を亡くし、大学にもあまりなじめない、真面目な苦学生として描かれている。しかし、まるで運命に導かれるかのように、おおかみおとこ(彼)の後ろ姿を追い、恋に落ち、子どもを宿す。学業を棒に振り、子ども(長女・雪)を産む決断を下したシーンが描かれないため、2人の無計画さにやや呆れた。さらに、おおかみおとこは、長男・雨が生まれた後、よくある悲劇のように亡くなってしまう。すべては、2人の子の母親となった花を孤立化させ、田舎に移住させるための設定だ。嫌な意味でのご都合主義に、嘘っぽさを感じる人もいたかもしれない。

 序盤とは打って変わって、中盤以降は、物語はとてもスムーズだ。展開に違和感を覚えるところは少ない。最初は自由奔放だった雪が小学校に行くようになり、「おおかみこども」から「女の子」に成長していく姿が微笑ましい。一方、弱虫だった雨は、だんだんと狼としての自分を自覚していく。花は、彼に似た雨ばかり気にかける。私は一人っ子なので実体験はないが、こうした兄弟間の扱いの違いは、よく聞く話だ。細かい描写がとてもリアルに感じた。それでも雪は、母の愛を一人占めしようとせず、いじけないところが素晴らしい。

 テーマは親子の自立。一人一人の人間としてそれぞれ生きてゆく。12歳ぐらいで狼は成人になる。対して人間は、まだ子どもだ。美しい映像表現、アニメーションならではの躍動感のある動きとあいまって、姉弟の対比が見事にはまっていた。同時に、高度な文化があるゆえに、大人になるまでのステップが多い人間の不自然さを痛感した。

 子は、親の所有物ではない。子離れできない親、子育てに漠然とした不安を感じる将来親になるであろう20代から30代には、ぜひ見てもらいたい名作だと断言したい。確かに、幼いこどもや高校生には、あまりピンとこない作品だろう。また、作品に対し「否」と評価している人は、親があまり干渉しないタイプで、親子関係の悩みとは無縁だったと思われる。

 私には、花と、2人のおおかみこどもの関係が羨ましい。登場人物の年齢や姿を自在に操れるアニメーションという表現手法をもって、実写のドラマや小説でもなかなか表現できない「親子関係」を描いた意欲作。ご都合主義が若干鼻につくものの、細田守監督と脚本家の奥寺佐渡子氏にしか描けない、オリジナリティあふれる新しい定番映画が誕生したと評価したい。

【関連記事】
・子どもは親の所有物ではない
・夢を追い求め、自問自答は続く

2011年夏も記録的猛暑になるのか?

 6月末からまるで真夏のような暑さの日々が続く。幸いなことに夜は比較的涼しく、うるさいセミはまだ鳴き始めていない。朝6時、7時はまるで秋のような風が吹き、夏の過ぎ去ったあとのようだ。

 酷暑は、大地震の前兆という説がある。平均より12日も早い、7月9日の梅雨明け宣言前から続く南関東(東京・神奈川)の真夏のような暑さは明らかに異常。9月まで暑い日々が続くという予報が出ており、不吉な予感がしてならない。

 7月16日には、「関東で硫黄の臭いがするとの報告が相次ぐ」というスレが立ち、かなり多くの書き込みがあった(→まとめサイト)。私自身は硫黄臭を感じなかったが、公開されている測定結果によると、その日は硫黄の濃度が高かったそうだ。以前から、地震雲や発光現象、無線LANの不調の報告は多い。また、7月17日の午後から伊豆東部で無感を含め、地震が多発しているようだ(計器の故障など、地震とは無関係の可能性もある)。地震に限らず、経済活動に大きなダメージを与えるような災害・事故が起きないことを祈る。

 以前、「2011年3月11日を境に日本は変わるだろう」と書いた。しかし、残念ながら、ほとんど変わっていない。5月の連休明けあたりから、神田駅周辺には活気が戻り、毎週金曜日は40歳以上の男性を中心に大騒ぎだ。新しい社会を生み出そうと、Twitterやブログ、「ニコニコ生放送」などで新しい社会の仕組み、ワークスタイルなどを呼び掛ける人がいる一方で、それらに興味関心を示さない人も大勢いる。

 結局何も変わらない―という失望感に、日本の将来を考えると、さらなる変革を与える出来事が発生したほうがいいのではないか、とも思ってしまう。

【参考】
・気象庁-地震・津波

【関連記事】
・“世界の終わり”の予感に怯える日々
・2011年3月11日を境に日本は変わるだろう

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