3月11日の東北地方太平洋沖地震の発生以来、別の地域でのM7.0~9クラスの大地震や火山の噴火が起きないかと怯えている。具体的にいうと、東京都内や東京湾直下、神奈川県西部の直下型地震、相模湾・駿河湾沖のプレート境界型地震、東海・南海・東南海連動型地震、富士山・箱根などの活火山の噴火が怖い。
曖昧な地震名・災害名が記憶の風化を生む
4月1日に、正式に「東日本大震災」と呼称することが閣議決定されたが、個人的には「2011.3.11東日本大震災」や、「日本初の原発震災フクシマ2011.3.11」などと呼びたい。少なくとも、今後、同地域で発生すると思われる地震と区別するため、年度表記を入れて欲しい。およそ1000年に一度、必ず巨大地震と津波が発生するという仕組みまで突き止められたなら、後は、持てる技術と知恵をフルに活用し、それに負けない仕組み・システムを作ればいい。過去の地質調査は、非常に重要だと改めて思った。日本は、地学をはじめとする自然科学の研究にもっと力を入れるべきだ。また、原発関連の研究者は以前から「原発震災」の危険性を訴えていたといい、聞き入れなかった電力会社や国の責任は重い。
・「フクシマ以降」の時代(Chikirinの日記)
・東京に地震が来たら/関東大震災は再来するか(池田信夫blog)
“東日本”とは、どの地域を指すのか、人によってイメージする場所は違うだろう。関東全域は、本震・余震で大きく揺れ、特に北関東の沿岸部や千葉の埋め立て地はライフラインが寸断されるなど、大きな被害を被った。その意味では、“東日本”という呼称は正しい。さらに、地震・津波による原子力発電所・火力発電所の停止が原因の東京電力の「計画停電」は、関東の広い範囲の経済活動に大きなダメージを与えている。しかし、今回、大勢の人が生きるか死ぬかの瀬戸際に立たされた被災地は、東北・北関東の太平洋沿岸を中心とした地域だろう。曖昧で、数年後には、どこが震源なのかもわからなくなる、“東日本”という言葉は使って欲しくなかった。そもそも、地震の名称「東北地方太平洋沖」も、わかりやすいとは言い難い。
たとえば、「日本列島・太平洋三陸沖、北緯38度6分12秒・東経142度51分36秒(気象庁発表)、2011年3月11日14時46分 Mw9.0(暫定)大地震」といった感じで、緯度・経度を明記し、地図アプリですぐに震源を確認できるようにすれば、何年経っても身近な出来事として感じられるはず。実際、地震速報(@earthquake_jp)が発信する地震速報では、緯度・経度が明記され、リンクをクリックするだけで震源を確認できて便利だ。
地震の前兆はあったかもしれない
私は高校時代、文系選択者向けの「物理・生物・地学」の3つの選択肢のなかで、一番不人気だった「地学」を選択した。内容は比較的高度で、天気図の読み方や地層の見方すらきちんと理解できなかったが、当時、もっと真面目に取り組んでおけばよかったと後悔した。ちなみに、最近まですっかり忘れていたが、大学時代、「インターネットを使って特定のテーマについて調べよう」という課題で、「地震予知」について調べたこともあった。その頃と基本的に変わっていない部分も多いが、発生前に書かれた予知ブログや地震に対する質問(ヤフー知恵袋)には驚いた。電磁波や第6感、自然現象の観察による予知は可能かもしれない。
3月11日前に感じた地震の予兆現象と思えるものは、自宅の無線LANルーターの突然の切断(3月8日)、原因不明の口の中の痛み(3月8日~3月12日。特に3月10日は非常に痛く、ロキソニンを飲んでも改善しなかった)、3月11日朝・昼の激しい空腹感ぐらい。無線LANが勝手に切れた時、一人で地震の前触れか、と騒いでいたが、まさか本当に当たるとは思ってもいなかった…。
今、平穏無事に生きていることに感謝しよう。東京都内に通いやすく、温暖で海と山に囲まれた湘南地区。その暮らしやすさは、何ともろい大地のバランスの上に成り立っていたのか。過去に地震について学んだはずなのに、すっかり忘れていた。大切なことは月日が経っても忘れてはいけない。さらに、最新の情報を入手し、知識をアップデートしなければならない。
日本の終わりは、世界の終わり
覆水盆に返らず。起こってしまった災害や出来事に対して、悔やんだり批判したりしていても何も生み出さない。教訓として、次の大きな災害を生み出さないこと、被害を最小限にするために対策を考えることが重要だ。
今の社会の仕組み・システムや防災・防犯対策のまま、首都圏、特に東京・神奈川に大きな被害を与えるような巨大地震が起こった時、日本は終わる。多くの人が被災し、もはやボランティアすら集まらないだろう。2011.3.11の前のように安心して暮らせるよう、一刻でも早く新たな防災対策の策定に取り組むべきだ。もし、政府や経済界が被災地の復興や対面の保持にしか注力しないようなら、明らかにノーを突きつけたい。
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