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映画『はいからさんが通る』レビュー「紅緒はいつでも自分の理想」

『はいからさんが通る』の原作は1巻、6巻、7巻の順に読んだ。母が買ったはずのコミックをなくしたといい、途中の巻がなく、あとで中古で購入した。イメージはお転婆、職業婦人。大和和紀画業50周年を記念して製作された『はいからさんが通る 前編 〜紅緒、花の17歳〜』を見て、どれだけ大きく影響を受けていたのか、改めて思い知らされた。なぜか不意に食べたくなる「つくね」「あんみつ」、破天荒な行動、茶すら入れられない不器用……、すべて「紅緒」のキャラクターだった。

環の影響も大きい。彼女のように自立して生きたいと思った。「殿方に選ばれるのではなく、私達が殿方を選ぶのです」。男女雇用均等法施行前の70年代に、少女漫画とはいえ、世の中に訴えた大和和紀はかなり先進的だ。
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映画『風立ちぬ』感想ー失われた「熱中」を描いたノスタルジック・ファンタジー

 映画『風立ちぬ』は、写実的なようでウソっぽいファンタジー。実在の人物・出来事をもとに、大正末期から昭和初期の激動の時代を描き、「反戦」を訴えているようにも、兵器である飛行機に魅せられた主人公・堀越二郎の狂気を描写しているようにも見える。テーマは、飛行機と反戦と出会いと熱中。ヒロイン・菜穂子の健気さは、多くの男性が好むところだろう。出自の良い、理想の年下妻(幼女)だ。ナウシカやキキは、勝ち気で自分で運命を切り開くタイプだったが、菜穂子は、珍しく男性に頼り、理想の自分だけを見せて姿を消した。表面的には頼っても、歴代のヒロイン同様、根本的には「自分で決める」性分だった。

 「起承転結」の速さと大胆なアクションを極上とする「映画」としては一級品。ただ、ウリの飛行シーンや軍用機の描写は、『ストライクウィッチーズ』の映画版のほうが上だった。スタジオジブリの手にかかると、すべてヨーロッパ風のノスタルジックな色に染まってしまう。物語自体は、運命的に出会った薄幸の美少女との唐突な悲恋をアクセントにした、ごく普通のストーリー。流れるように時が過ぎていき、「夢」と「現実」の境界線を意図的にわかりにくくしているため、掴みどころのないフワフワとした印象が残る。それでも、音や脇役のセリフが光る。二郎のぼそぼそとした抑揚のないしゃべりも、前評判ほど悪くない。あまりにもリアルで、生々しすぎると思うシーンもあった。
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映画『おおかみこどもの雨と雪』感想ー子どもの自立と親の子離れを描いた意欲作

 映画『おおかみこどもの雨と雪』、この作品は賛否両論が起きている。私は「賛」の立場だ。

 物語のクライマックスは、子どもが親から自立し、親もまた、「育ってゆく子どもを認めるところ」にある。主人公の花は、最初、両親を亡くし、大学にもあまりなじめない、真面目な苦学生として描かれている。しかし、まるで運命に導かれるかのように、おおかみおとこ(彼)の後ろ姿を追い、恋に落ち、子どもを宿す。学業を棒に振り、子ども(長女・雪)を産む決断を下したシーンが描かれないため、2人の無計画さにやや呆れた。さらに、おおかみおとこは、長男・雨が生まれた後、よくある悲劇のように亡くなってしまう。すべては、2人の子の母親となった花を孤立化させ、田舎に移住させるための設定だ。嫌な意味でのご都合主義に、嘘っぽさを感じる人もいたかもしれない。

 序盤とは打って変わって、中盤以降は、物語はとてもスムーズだ。展開に違和感を覚えるところは少ない。最初は自由奔放だった雪が小学校に行くようになり、「おおかみこども」から「女の子」に成長していく姿が微笑ましい。一方、弱虫だった雨は、だんだんと狼としての自分を自覚していく。花は、彼に似た雨ばかり気にかける。私は一人っ子なので実体験はないが、こうした兄弟間の扱いの違いは、よく聞く話だ。細かい描写がとてもリアルに感じた。それでも雪は、母の愛を一人占めしようとせず、いじけないところが素晴らしい。

 テーマは親子の自立。一人一人の人間としてそれぞれ生きてゆく。12歳ぐらいで狼は成人になる。対して人間は、まだ子どもだ。美しい映像表現、アニメーションならではの躍動感のある動きとあいまって、姉弟の対比が見事にはまっていた。同時に、高度な文化があるゆえに、大人になるまでのステップが多い人間の不自然さを痛感した。

 子は、親の所有物ではない。子離れできない親、子育てに漠然とした不安を感じる将来親になるであろう20代から30代には、ぜひ見てもらいたい名作だと断言したい。確かに、幼いこどもや高校生には、あまりピンとこない作品だろう。また、作品に対し「否」と評価している人は、親があまり干渉しないタイプで、親子関係の悩みとは無縁だったと思われる。

 私には、花と、2人のおおかみこどもの関係が羨ましい。登場人物の年齢や姿を自在に操れるアニメーションという表現手法をもって、実写のドラマや小説でもなかなか表現できない「親子関係」を描いた意欲作。ご都合主義が若干鼻につくものの、細田守監督と脚本家の奥寺佐渡子氏にしか描けない、オリジナリティあふれる新しい定番映画が誕生したと評価したい。

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偶然と必然の出会い(2012年1月のツイートまとめ)

 1月、私は2つの新しいモノに出会ってしまった。一つは、今は書かない。もう一つは、テレビアニメ「戦姫絶唱シンフォギア」だ。キャラクターデザインもストーリーも万人受けするタイプではないが、「パクリ感」を余り感じない王道のストーリーが面白い。巻き込まれ型の主人公の立花響(悠木碧)が一人前の防人(戦士)を目指して努力するパターンは、やはり見ていて安心する。オリジナルアニメの醍醐味は、なんといっても予想のつかない展開。息切れすることなく、駆け抜けて欲しい。

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予想外にイイ! 「戦姫絶唱シンフォギア」 第1話感想

 声優・高山みなみさんの名を知ったのは1989年の夏。映画「魔女の宅急便」の数々のプロモーションのどれかだと思う。ただ、映画自体はテレビ放送されるまで見なかったので(親が劇場に連れて行ってくれなかった)、その声を初めて聞いたのは、「らんま 1/2 熱闘編」か「まじかるタルるートくん」、それ以外の作品の端役だと思う。

 熱心なファンになったのは1994年、「幽遊白書」のムクロ役、「魔法騎士レイアース」のアスコット役から。さらに1995年、TWO-MIXのデビュー曲「JUST COMMUNICATION」を文化放送のラジオ「ドリカン」で聴き、雑音まみれでよく聞き取れないながら、なぜか気になり、主題歌目当てに「ガンダムW」本編を見るようになった。その後、過去のアニメ誌のインタビュー記事から、声優業のかたわら、音楽活動にも真剣に取り組んでいることを知り、その多才さに憧れた。1995年、1996年あたりは、「天空のエスカフローネ」のディランドゥ役をはじめ、声優としても数々の作品に出演しており、歌と演技の両面から「声」に惚れた。

 「ガンダムW」のOP曲「JUST COMMUNICATION」を収録したTWO-MIXのファーストアルバム『BPM143』は、カセットプレーヤー、CDラジカセ、MDウォークマン、iPodを合わせて、最も多く再生したアルバムだ。15年以上経った今でも、サウンドは色褪せない。歌唱力は「デルタ」の活動以降、さらに上達しており、本人作曲の新曲を聴きたいと思っていた。

「歌う高山みなみさん」のファンなら大満足!

 
 前置きが長くなったが、かつて熱心な高山みなみファン、TWO-MIXファンだった私が、水樹奈々さんと共演し、歌姫役を演じるという新作アニメ「戦姫絶唱シンフォギア」を見ないわけがない。第一報を知った時から大いに期待していたが、OP・ED曲ともに「ツヴァイウィング」の曲ではないと知り、少しテンションが下がっていた。公式サイトで紹介されているわかりにくい世界観と、やや古めのキャラクターデザインから、ストーリーと作画が破たんしていた「キスダム」の再来になるのでは、と心配になったからだ。

 「戦姫絶唱シンフォギア」 第1話(TVK放送版)は、そんな杞憂を吹き飛ばしてくれた。Twitterでは、視聴直後に「ぶっ飛び過ぎて何もいえない」とツイートしたが、1話の時点ではそれで十分かもしれない。確かに、映像、音響面では、いまだに心配が残る。しかし、ストーリーは、冷静に考えると支離滅裂でも、なぜか引き込まれる「熱さ」があった。30分の放送時間が非常に短く感じた。

 本人は”絶唱”し、命を散らしたものの、「生きるのを諦めるな」と、次につなぐ言葉を主人公らしい立花響に残した天羽奏。奏の死をきっかけに、戦いにより真剣になったようにみえる風鳴翼。第1話は、日本のアニメ・マンガで人気の「戦闘美少女」の系譜に、新たなキャラクターの名が刻まれた瞬間だったかもしれない。

 「紅白」出演経験のある歌手・声優の水樹奈々さんと高山みなみさんの2人組女性ボーカルユニットが歌うだけの日常系作品でも、ある程度売れたはず。あえてSF(特撮?)系のシリアスな展開に挑んだ点を評価したい。すでに第1話を、現時点名で3回視聴している。2・3回目は、音楽(歌)とセリフ中心。むしろ「音」だけに絞ったほうが、作品の全貌が浮かび上がってくる気がした。この作品は、CDとキャラクターCDの特典がついたBDソフトが売れれば商業的に成功したといえる。その目論見に、すっかり乗る気になっている。

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輪るピングドラム 第1話&第2話感想

 初回から最終回まできちんと見たにも関わらず、年月が過ぎ、今となってはあらすじをまったく覚えていない作品がいくつかある。1997年にテレビ東京系で放送された幾原邦彦監督作品「少女革命ウテナ」は、その一つ。奥井雅美さんのオープニング曲「輪舞-revolution」と天上ウテナ・姫宮アンシーというキャラクターの名、「かしらかしら」に代表される奇抜な演出しか覚えていない。なぜ、戦うのか。今、Wikipediaの記述を読み返しても、やはり思い出せない。

第1話「運命のベルが鳴る」、突然の死、突然のペンギン

 「輪るピングドラム」は、その幾原監督の12年ぶりの新作である。第1話「運命のベルが鳴る」を見た限り、今度の作品はちゃんと記憶に残りそうだ。

・あらすじ
 余命は長くないと主治医に宣告され、それを知らぬまま退院した高倉陽毬(ひまり)は、家族との思い出が残る水族館で倒れ、そのまま亡くなってしまう。しかし、不思議なペンギンの帽子の力で生き返り、病気も治癒する。代償として、兄と弟は、帽子の力で操られた陽毬に、「妹の余命を延ばしたければ、ピングドラムを探せ」と命じられる。

 第1話の内容を文章化すると、ごくありきたりだ。しかし、意味ありげな演出、クラクラする感じの派手な配色の背景や小物、そして、よくいえば自然体、悪くいうと”棒読み”な感じの演技がうまく合わさって、ぐいぐい引き込まれた。世界観が見えないAパートは少し冗長に感じた。Bパートはあっという間だった。OPを最初に見たときは、覇気がなく、映像と曲が合っていないと思った。フォントサイズが小さく、監督名以外のスタッフ名が読みにくい点も気になった。しかし、1話を最後まで見終わってから再度OPをみると、キャラクター紹介を兼ねてよく出来ていると認識を改めた。
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アニメ「あの日見た花の名前を僕達はまだ知らない。」は“青春”の貴重さを描いた

 フジテレビ深夜のアニメ枠「ノイタミナ」は、人気コミック・小説のアニメ化もあれば、作家性の色濃いオリジナル作品もあり、制作側のTVアニメに対する意気込みを感じる。ひとまず1話・2話を見て、気に入れば視聴続行、気に入らなければ切る、という感じで見続けている。

 ノイタミナで初めて見た作品は「獣王星」。高山みなみさんが出演するという話を聞き、初めてフジテレビでも深夜にアニメが放送されていることを知った。次は「のだめカンタービレ」の1期。演出の斬新さ、キャストなどを含め、これまでの視聴作品のなかで、気に入った順に挙げると、「屍鬼」「四畳半神話大系」「のだめカンタービレ」「墓場鬼太郎」「空中ブランコ」。少女漫画テイストの原作モノより、「空中ブランコ」や「四畳半神話大系」のような、アニメの常識を打ち破った斬新な演出の野心作が好みだ。

2011年春アニメ「あの日見た花の名前を僕達はまだ知らない。」総評

 「あの日見た花の名前を僕達はまだ知らない。(あの花)」の第1話を見た時、これまでとは違った意味で斬新だと感じた。リアルとファンタジーが入り混じった描写から、青春映画のような感動的なストーリーが綴られるはず……という予想と期待は、回を重ねるにつれ、良い意味でも悪い意味でも裏切られていった。

 全11話を見て、やはり第1話の第一印象通り、2時間のアニメ映画にしたほうが良かったと思う。題材は良かったが、次回を見てもらうための「引き」と「ネタ」で、テーマがぼやけてしまった感じで残念だ。
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魔法少女まどか☆マギカ9話までを見て〜想像力を刺激する物語の圧縮と空所

*iPadで書いているので、固有名詞が適当です。後ほど、推敲のうえ、修正します。
→3月19日17時、固有名詞とリンクを追加し、いつも読んでいる感想サイトにトラックバックを打ちました。

 毎週、「魔法少女まどか☆マギカ」の感想書こうと思いつつ、事情により、書けなかった。1週ごとに物語が進展するため、放映直後に書かないと、二度と当初考えた内容では書けなくなる。それが週刊マンガ/アニメの醍醐味であり、今しかないという強迫観念に似た思いが、掲示板への書き込み、考察・批評、二次創作の意欲を刺激しているのだろう。TBS金曜深夜の枠では、コードギアス1期以来、リアルタイムで見ている。

 3話「もう何も恐くない」、悲劇の始まりだった。当初はコードギアスの4話、ゼロ登場に相当する回だと思ったが、黒の騎士団結成に該当すると思い直した。つまり、種明かしである。そして、「青」こと美樹さやかが魔法少女となり、願いが成就する。魔法で腕の怪我が完治した上條君がゆったりとバイオリンを弾く描写が逆に白々しく感じた。佐倉杏子というライバルの登場、過去話、和解、魔女化。人に戻そうという願いも虚しく、2人の魔法少女は消えた。9話にして、物語のスタート地点に戻ったのである。ゼロ。コードギアス1期25話、コードギアスR2の19話終了時と同じだ。主人公がやってきたことがすべて無となり、何もかも消えた。

 ただ、まどかには、家族と謎の多いイレギュラーの魔法少女、ほむらがいる。残り3話で何を紡ぐのか、まったく先が見えない。そしてラスト3話の出来が、この作品の評価を大きく左右するだろう。

 必要なシーン以外、ばっさりとカットし、圧倒的な情報量を短い話数に詰め込んだコードギアス以上に、「まどか☆マギカ」の圧縮ぶりはすごい。それでも適度に話の流れやキャラクターの感情の揺れがわかり、先の展開や設定を考察する余地が残っている。脚本、監督、シリーズ構成、誰の力なのか部外者からはわからないが、うまく噛み合った。

 最近、1クールのアニメ作品が増えている。面白いと思い始めた矢先に終了してしまうため、正直、物足りないと思っていた。「まどか☆マギカ」は、話数の少なさを逆手に取って、短期決戦を挑んだ。本編は一本のシリアスな物語のみ、オープニングのような魔法少女としての活躍やキャラ同士のからみは二次創作や想像のなかでどうぞ、と。

 物語は一から十まで説明するのではなく、適度に想像の余地、空所があったほうが深みが出る。過去の魔法少女モノの文脈では、敵との日々の戦闘を描かないことはあり得なかったが、今は削っても十分に理解できる。過去のアニメ視聴経験から場面が想像できるからだ。

 インターネットが普及し、ネットカルチャーとサブカルチャーの融合が進むなか、毎週1回、決まった時刻に放送されるテレビアニメに求められるものが変わってきたように思う。話題性、物語性、パロディしやすいセリフやキャラクター。真剣にその作品が好きな人に加え、人気にあやかる便乗屋も増えている。とにかく、語られ、弄られ、愛でられることが重要。

 最終回まであと3回。結末と最終的な評価が楽しみだ。

・魔法少女まどか☆マギカ公式サイト