記憶は捏造される。夢は醒める―小説『わたしを離さないで』感想(ネタバレなし)


 作者のカズオ・イシグロの名は、ノーベル賞受賞の前、綾瀬はるか主演のドラマ版『わたしを離さないで』の番宣を見た後、Wikipediaで調べて知った。しかし、結局ドラマは視聴せず、受賞記念として、2017年10月に一挙放送された際も録画に失敗して、1回分しか見られなかった。やむを得ず、図書館で『わたしを離さないで』日本語翻訳の文庫版を予約した。それから1年。ようやく予約の順番が回ってきた。

 あらすじや設定を把握していたため、衝撃はさほどなかった。「日本生まれの英国人作家の純文学」という予備知識以外は一切入れずに読み始めるか、先にドラマ版を見て、原作との違いを探すという読み方をおすすめしたい。

ストレートに「生きる」意味を問う作品

 読み始めた瞬間、英国文学だと感じた。文体が冗長でまどろっこしい。おしゃべりの実況中継が懐かしくも羨ましくもあった。かなりあけっぴろげに語られる性も海外風だと感じた。日本の純文学でも、源氏物語の系譜に連なる作品は徹底的に秘匿し、ぼやかす。対してカラッとオープンに男女が「付き合う」と語り、物語の中心に異性間交流を置く。カズオ・イシグロの世界的な文学上の評価は、海外の慣習と、日本人的な内向きの感性を交えて、世界言語の英語で記述したからだろう。

 子ども時代の舞台「ヘールシャム」は、ハリポッターの寄宿舎を彷彿とさせる。「提供」も「介護人」の仕組みも、SFでありそうな設定だ。ラスト2ページの展開も途中の事件も、どこかで見た記憶がある。主人公キャシーの心情の動きは、ごく自然に納得できた。決して実らない純愛ラブストーリーとして捉えるなら、新海誠のアニメーション映画『秒速5センチメートル』のほうがよほど衝撃的で、映像的にもインパクトがあった。ドラマ版の視聴率が振るわなかった理由も頷ける。

 この作品でノーベル文学賞を受賞できるというなら、私がこれから書こうと思っている、写真も残っていない40代なかばで幼い子どもを複数残して亡くなった父方・母方の祖母2人、そして自分自身の「記憶」と「夢」と「現実」の物語も、同じく絶賛されるだろう。それくらい普遍的で、文字の連なりから想像し、フィクション作品を現代社会の鏡だと受け取る層にとっては国籍・年代・性別を問わず、思わず考えさせられる内容ゆえに、サリンジャーの『ライ麦畑でつかまえて』、夏目漱石の『こころ』、太宰治の『人間失格』などとあわせて、「一生に一度は読みたい名作」に加えたい。

 将来を真剣に考え始める前の学生時代に、少なくとも中島敦の短編『山月記』だけでも読んでおけば、人生とは短く、儚く、そして年月の経過とともに記憶は捏造され、自分の信念にこだわる余り、何事も為せずに終わるとわかるだろう。

 「今思えば、全く、己は、己の有もっていた僅わずかばかりの才能を空費して了った訳だ。人生は何事をも為なさぬには余りに長いが、何事かを為すには余りに短いなどと口先ばかりの警句を弄ろうしながら、事実は、才能の不足を暴露ばくろするかも知れないとの卑怯ひきょうな危惧きぐと、刻苦を厭いとう怠惰とが己の凡すべてだったのだ。」(山月記/青空文庫より)

 今年、noteに書いた「人生40年論」は、『わたしを離さないで』を読了した今、改めて意義があったと感じた。「私は夢を離さない」という心の叫び。現実には一つ一つ諦めざるを得ない。7月、迷う心を鎮めるために自ら時間を空費する日々を続けている。

人生40年論(note/100yen)