スマホ・ネット・SNSの普及を経て「横国マルチ」が「都市社会」に進化した

2017/5/14 06:50 | つぶやき, 社会批評 | 個別URL

 生涯年収は、新卒で就職した年の景気に左右されるという。2017年時点で30代後半から40代の世代は、就職状況が悪く、氷河期世代と呼ばれている。未婚率も高く、将来への懸念から節約志向も強い。実際、あと数年経てば、夫婦2人とも平均年収まで達するとは思えない。

主要家電量販店の初任給を比較 ほぼ横並びだが、実際は大きな差?
 「平成28年(2016年)賃金構造基本統計調査」によると、2016年6月の平均賃金(時間外勤務手当、休日出勤手当などを含めない税込の給与額)は30万4000円(平均年齢42.2歳、平均勤続年数11.9年)、男性に限ると33万5200円(平均年齢43.0歳、平均勤続年数13.3年)、女性に限ると24万4600円(平均年齢40.7歳、平均勤続年数9.3年)で、賞与や残業手当などをプラスすると、男女あわせた平均年収は400万円台半ばと推測される。

ITスキル・情報収集意欲の差が大きい氷河期世代

 そんな不景気の底から脱却しつつあった2002年に大学を卒業し、新卒で地元・神奈川の中小企業に就職した。皮肉なことに、浪人・留年、海外留学などで、現役モデルケースからはずれた人のほうが就職活動は容易だっただろう。折しも2002年度は、今に続く、インターネットを利用した「誰でも多くの企業にエントリーできる仕組み」が本格的に稼働した元年だった。PC・インターネット、携帯電話が使えない人は、その時点ではじかれた。大手企業も手探りで、まずは大学名で選別したため、著しく不平等だった。

 ひとくちに氷河期世代といっても、ITリテラシーの差は大きい。学生時代にWindows 95/98や、カラフルなカラーとスケルトンデザインで一斉を風靡したiMacなどでPCの存在を知り、その操作方法を独学や学校で習った層は、生まれて初めて触れたインターネット端末が10キー入力のケータイだったプレデジタルネイティブ世代、すでに最初からタッチ操作のスマートフォンだった、その下の完全デジタルネイティブ世代とは違い、PCのキーボード入力やマウスに慣れ親しみ、固定回線はダイヤルアップからADSL、光ファイバー(FTTH)、モバイルデータ通信は2G/3Gから4G(LTE)と、インフラの変化のともに、インターネットの普及をリアルタイムで体感してきた唯一の”アナログ→ネット世代”ともいえる。

 しかし、同世代でも、IT教育に熱心ではない大学・専門学校に進学した層や、高卒で就職した層は、上の世代同様、インターネットは、必要に迫られて操作方法を習っただけなので、「ツール」以上の思い入れはなく、インターネット通販もめったに利用しない。「オンラインの時代」といわれても、自分が興味がないため実感がなく、アナログなやりとりに固執する。

 氷河期世代のネットユーザーは、インターネット上に、自分と同じ趣味や考え方をもつ人を発見して喜び、たとえROMオンリーだとしても、その人のコメントや話題のアイテム・作品の口コミを欠かさずチェックするためにのめりこんだ。求めるものは「開かれた情報」だ。

 対してデジタルネイティブ層にとって、インターネットはリアルの「身内」の延長だ。最初からオンラインとリアルの垣根はなく、「身内」外の第三者とのコミュニケーションは求めていないようにみえる。同時に、コミュニケーションではなく、動画など、没入型のリッチなコンテンツに時間を割き、アフィリエイト目的のブロガー以外は、自分の感想は身内で共有できれば十分と思い、拡散性の高いFacebookではなく、LINEを愛用する。

「分断」が進む日本 オープンなネットの「文字」好きは氷河期世代だけ

 今、日本で起きていることは、収入や職種、居住地域、そして情報収集力・情報収集意欲によるあらゆる要素の「分断」だ。この視点なしにビジネスの成功はない。分断が進み、コンテンツすら、ターゲットとしている読者や、自発的な情報収集意欲の低い若い世代には届かない。

 この文章は、キーワード検索や、「はてなブックマーク」、Twitter、Facebookを定期的にチェックして、新たな情報を求める層にしかリーチできないだろう。どの世代よりネット上の文字情報に重きを置く氷河期世代のネットユーザーに向けて、「何者になれないまま」人生の折り返し地点を迎えつつある、とある一人のつぶやき。それでも書かずにはいられない。自分が本当にやりたいことだからだ。

 大学時代に「打ち言葉」という概念(造語)をぶち上げた。ずっとネットカルチャーを追い続けていれば、研究の第一人者として、世間に評価される「何者」かになれたかもしれない。「言葉」は生きている。トレンド・常識も日々めまぐるしく変わる。

スマホ普及前に「マルチ」を先取り 直感は正しかったが、追えなかった

 卒業した横浜国立大学教育人間科学部は、2017年4月、「教育学部」に戻った。1998年の改組以来、19年経って、建学当時の理念、教育に特化した学部に回帰したかたちになる。代わりに、旧教育人間科学部の旧3過程(マルチメディア文化課程・国際共生社会課程・地球環境課程)は、人間文化課程を経て、新学部「都市科学部」に生まれ変わった。新学部の筆頭に記載されている学科「都市社会共生学科」は、事実上、「マルチ」と「国共」の融合だ。この学科の研究対象は、大学時代から今まで、ずっと自分が興味を持っていたことそのもの。1998年に「都市社会共生学科」があれば、迷わず進学し、そのまま研究者の道を選んだかもしれない。

■横浜国立大学 都市科学部
www.ynu.ac.jp/urban_sciences/index.html

 何度考えても、自分の先見性の高さ、というか先走りぶりに驚く。スマートフォンもインターネットも普及しておらず、誰もマルチメディアなど使いこなしていなかった時代に「マルチ」に進学し、大学の支援なしにマスコミ関連の仕事に付き、独学で仕事を進めてきたため、誰にも何も評価されず、名を残せなかった。最悪の時期に運良く就職・転職できたため、ある程度、貯蓄はできたが、これ以上の昇給は望めず、生涯年収は親世代より低いまま終わる。

 もはや何を書いても読者に届かない報われなさと、自分自身に対する憤りは、どこに向けるべきか。時間がないといいつつ、こうした自己分析や、社会問題に関する最新ニュースを追う余裕はある。Twitterを中心としたネットトレンドのウォッチは、何があっても絶対に譲れない、最後の砦だからだ。「生きやすさ」は、優先順位の付け方、自分自身の決断、そして運・不運で決まる。――今も昔も、ずっと生きにくい。

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