「ホワイトジョブ300」の実現性を考える


 大石哲之(@tyk97)さんの「提案」は、ある種の理想といえるだろう。その趣旨には大いに賛同するが、現実問題として、首都圏では、家賃8~11万程度の郊外エリアでも「年収300万」では生活できない。給与の約半分が家賃・住宅ローンで消えてしまうからだ。逆に、東京都内・近郊で暮らし続けたければ、長時間労働を厭わず、高収入を目指して働くしかない。今ですら贅沢品の「子ども」は、完全に富裕層の特権になる。

・【togetter】年収300万、残業なし、有給100%、昇給なしはホワイトか?ホワイト300ジョブの提案(@tyk97)

・年収300万、残業なし、定期昇給なしはホワイトか?ホワイト300ジョブの提案(ブログ版)

 「残業あり・賞与あり」だが、相方の働き方は、提案されている「ホワイト300ジョブ」の内容にかなり近い。有名なブラック企業のグループ会社で、世間的には評判が悪い。「このままでは妻子を養えないから転職します」と、はっきり言って退職した人もいたそうだ。しかし、本人は、給料が低い以外は、むしろ「ホワイト企業だ」と主張する。一定レベルの福利厚生制度があり、残業規制があるため、残業時間は比較的少なく、有給休暇も取得しやすいからだ。有給休暇については、年数日、会社の指示で強制的に取得させられている。

 ただ、収入は平均より少ない。特に、賞与・退職金の基準となる基本給が低く、各種手当を積み上げ、ようやくワーキングプアを超える水準だ。「賞与」を抜くと、年収はちょうど「300万」になる(職務手当・残業手当・住宅手当などを含む。通勤手当は除く)。賞与が加算されるため、実際の年収はもう少し多いが、それでも全世代平均・30代の男性の平均を下回る。首都圏とそれ以外の地域では、給与水準が異なり、神奈川県の平均と比べると、泣けるくらい低い。

 「ホワイト300ジョブ」の手取りは、今の相方の手取りとほぼ同額。正直、この金額では、首都圏郊外でも、ずっと共稼ぎでなければ暮らせない。病気や出産などのため、一時的にでも共稼ぎができなくなると、たちまち赤字になり、貯金を切り崩さなければならない。夫婦どちらか一方が働く「一馬力」では、生活が成り立たないため、リスク回避のためには、「子どもを持たない」という選択を選ぶしかない。さらに、未婚の一人暮らしの場合、病気や失業が金銭的困窮につながる。支出の多くを占める住居費や教育費が大幅に下がらない限り、現実的に「ホワイト300ジョブ」は難しい。今の若年層のストレス軽減・不満のガス抜き、余暇時間の拡大による消費拡大、無償のボランティア活動・クリエイティブ活動などの活性化にはつながるものの、意図的に「産まない」カップルが増え、出生数が減るだろう。

 年収300万だと赤字だが、年収350万なら節約を極めれば黒字になり、年収400万なら、少し余裕が生まれる。あと50万多い「ホワイト350ジョブ」ならば、一時的に共稼ぎをやめても生活できるため、リスクは一気に低減する。さらに、少子化対策として、乳幼児を保育する保育園・こども園を含めた幼児教育の無償化・負担軽減、一定の学力レベルに到達している場合に限った高等教育の無償化・負担軽減、世帯年収・人数に応じた、今より高額な児童手当の支給のいずれか、または複数を組み合わせ、20年間安心の「子育て支援」を打ち出せば、「ホワイト350ジョブ×2」または「従来型ジョブ+専業主婦(主夫)」ならば、安心して2人の子どもを産み育てていけるだろう。できれば「従来型ジョブ+ホワイト350ジョブ」がベターだ。教育費や食費を切り詰めれば、「ホワイト350ジョブ+専業主婦(主夫)」でも、何とか1人くらいは育てられるはず。理想は、ベースラインの高い「ホワイト400ジョブ」だが、妥協点として、首都圏では「ホワイト350ジョブ」を提案したい。足りない50万は、副業で稼げばいい。

 しかし、現状より、公的な子育て・教育支援が増えても、郊外エリアより住居費の高い東京都内・近郊に住み、子どもを国公立大学・有名私立大学に進学させるには、この程度の年収ではまったく足りない。郊外でも、中学校から都心の私立に進学させ、予備校に通わせるには足りない。地域による経済格差が激しくなり、東京都心には、従来型ジョブで働く人が集まり、世界有数のビジネス都市としてますます発展していくだろう。政府が推進しようとしている「限定正社員」は、雇う企業側のメリットだけを追求したもの。「ホワイト300(350)ジョブ」は、それを発展させ、働く側のメリットを増やし、自由度を高めたもの。不安を高めるだけの前者には賛同しないが、後者なら検討する価値はある。結果的に、階層の固定化・格差拡大につながったとしても、個人の性格やライフスタイルにあわせ、「無理しない働き方」を認め、将来に対して、過剰に不安を感じることなく子どもを育てられる社会のほうが「成熟した社会」といえるのではないだろうか。

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