現金を抱え込む高齢者


 一人っ子のため、父が亡くなった時、相続人は母と自分の2人だった。法定相続分は2分の1ずつだ。しかし、不動産・預貯金・自動車・固定電話回線など、父名義の資産は母がすべて相続した。母は、預貯金等はすべて自分のものと主張し、父名義の不動産(自宅)の権利を共有にする場合は、固定資産税を半分払えと言った。その時、なぜ、実家を売却したと仮定し、その想定売却額の半分を相続分としてもらう、という案を思いつかなかったのか。私は、正当な相続の権利を自ら放棄してしまった。

 家購入にあたり、できれば住宅ローンは組みたくなかった。母親に「住宅取得等資金の贈与税の特例」を利用した生前贈与を頼んだが、「今の資産は夫婦2人で貯めたもの。生前贈与するくらいなら、すべて使いきって死ぬ。残っていたらラッキーとでも思いなさい。あなたたちの世代は、年金が支給されるかどうかわからないから、自分たちの分は自分たちで貯めなさい」と断られた。インターネットのQ&Aサイトに書き込むと、親の遺産をアテにするくらいなら家など買うな、と批判された。生前贈与しない代わりに、子どもをアテにしない親の心構えはむしろ褒めるべき、との意見もあった。

 一見、母の言い分は、まっとうに見える。しかし、母の手持ちの資産のほとんどは、会社員だった父が労働の対価として得た給与・賞与・退職金と、国から支給された年金を貯めたもの。母は結婚以来、専業主婦を決め込み、短期間のパート以外、金銭労働を行っていない。結婚するまでは、正社員・アルバイトとして働き、厚生年金保険料を支払っていたため、60歳以降、自分名義の厚生年金も受け取っているが、金額は少ない。老後資金は、夫婦2人で貯めたわけではなく、父が1人で稼いだものだ。母は適宜、利率の高い定期預金に預け替え、いくらか金額を増やしたに過ぎない。

 母は、父の収入で自分の着物や貴金属を買いながら、父と私に節約を強いた。子どもの頃から「お金がないから○○はダメ」と何度も言われ、公立の幼稚園・小学校・中学校・高校の学費と、頼み込んで始めたピアノと進研ゼミ、模試・大学受験料以外、教育費は出してくれなかった。仕方がないので、無料の教科書と図書館の本を読んで時間を潰していた。小遣いを減らしたくないため、小学校高学年の頃から、人付き合いを最低限にとどめ、大学入学後は、アルバイトと無料のインターネットにのめり込んだ。入学金以外の大学の学費は、育英会(当時)の無利子奨学金で支払った。昭和11年生まれの父は、大学の学費を出してやれなくて済まない、末っ子で父親から何も相続しなかったため、家を買うだけで精一杯だったと私に謝った。

 就職後は、食費として、月に3万円、実家にお金を渡していた。結婚するまでの間に、冷蔵庫・液晶テレビ・洗濯乾燥機・炊飯器・温水暖房便座・暖房器具・扇風機などを購入し、実家にそのまま置いてきた。合わせて総額300万円以上、親の資産形成のために援助をしてきた。父の遺産は、正確には、父と母と、子どもの私の3人で貯めたお金だ。父が亡くなり、夫婦二人分として想定した老後資金の余剰分を出資した私に戻して欲しいと頼んでいるだけなのに、まったく理解を示さず、汚い言葉で罵った。

 居住用不動産を所有している母方の親戚のうち、子どものいないカップルは、自分たちを含め5組。公正証書遺言を残さなかったら、すべて国庫没収になる。今後、こうした「相続人なし」による空き家が確実に増える。この事実に気づいた時、少子化は問題だと思った。

 現状の相続制度だと、母より先に子の自分が亡くなった場合、母の資産(=父の遺産)は、母の兄弟・姉妹またはその子(おい・めい)が相続することになる。人数が多いため、意見がまとまらず、最終的に国庫没収となるだろう。それを避けるため、私にできるだけ生前贈与してほしい、贈与してくれたら、必要に応じて支援すると言っても、人は必ず年齢順に亡くなると信じ、耳を貸さない。

 ここ十数年のデフレ・経済低迷の要因の一つは、将来に対する「漠然とした不安」のため、資産をもつ高齢者が現金を抱え込み、ほとんど消費しないことにある。消費する場合も、貴金属や団体ツアー旅行など、「オワコン」化が激しい縮小産業ばかりで、新規産業の創出・発展につながっていない。いびつな人口ピラミッドを見れば、高齢者向けビジネスはすぐにピークに達し、その後、急激に衰退するのは明らかだ。

 母をはじめとする、資産を持ちながら、持っていない・足りないと主張する「現金抱え込み」型の高齢者に対し、「賦課方式の年金制度によって、子ども世代の収入の一部を奪いながら、自分たちの世代だけ天寿をまっとうできればいいのか。今後、少子化がますます進み、日本から日本人がいなくなってもいいのか」と問いたい。残念ながら、おそらく答えは「Yes」なのだろう。

 インターネットを利用しない層に向けて、インターネット上でメッセージを発信しても意味はないとわかっている。それでも、発信し続ければ、まわりまわって伝わり、団塊世代以上の高齢者に根強く残る「現金信仰」と「自分至上主義」の考え方に変化が生じると思いたい。

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