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映画『おおかみこどもの雨と雪』感想ー子どもの自立と親の子離れを描いた意欲作

2012年8月17日13:05 | 映画・ドラマ批評 | 個別URL

 映画『おおかみこどもの雨と雪』、この作品は賛否両論が起きている。私は「賛」の立場だ。

 物語のクライマックスは、子どもが親から自立し、親もまた、「育ってゆく子どもを認めるところ」にある。主人公の花は、最初、両親を亡くし、大学にもあまりなじめない、真面目な苦学生として描かれている。しかし、まるで運命に導かれるかのように、おおかみおとこ(彼)の後ろ姿を追い、恋に落ち、子どもを宿す。学業を棒に振り、子ども(長女・雪)を産む決断を下したシーンが描かれないため、2人の無計画さにやや呆れた。さらに、おおかみおとこは、長男・雨が生まれた後、よくある悲劇のように亡くなってしまう。すべては、2人の子の母親となった花を孤立化させ、田舎に移住させるための設定だ。嫌な意味でのご都合主義に、嘘っぽさを感じる人もいたかもしれない。

 序盤とは打って変わって、中盤以降は、物語はとてもスムーズだ。展開に違和感を覚えるところは少ない。最初は自由奔放だった雪が小学校に行くようになり、「おおかみこども」から「女の子」に成長していく姿が微笑ましい。一方、弱虫だった雨は、だんだんと狼としての自分を自覚していく。花は、彼に似た雨ばかり気にかける。私は一人っ子なので実体験はないが、こうした兄弟間の扱いの違いは、よく聞く話だ。細かい描写がとてもリアルに感じた。それでも雪は、母の愛を一人占めしようとせず、いじけないところが素晴らしい。

 テーマは親子の自立。一人一人の人間としてそれぞれ生きてゆく。12歳ぐらいで狼は成人になる。対して人間は、まだ子どもだ。美しい映像表現、アニメーションならではの躍動感のある動きとあいまって、姉弟の対比が見事にはまっていた。同時に、高度な文化があるゆえに、大人になるまでのステップが多い人間の不自然さを痛感した。

 子は、親の所有物ではない。子離れできない親、子育てに漠然とした不安を感じる将来親になるであろう20代から30代には、ぜひ見てもらいたい名作だと断言したい。確かに、幼いこどもや高校生には、あまりピンとこない作品だろう。また、作品に対し「否」と評価している人は、親があまり干渉しないタイプで、親子関係の悩みとは無縁だったと思われる。

 私には、花と、2人のおおかみこどもの関係が羨ましい。登場人物の年齢や姿を自在に操れるアニメーションという表現手法をもって、実写のドラマや小説でもなかなか表現できない「親子関係」を描いた意欲作。ご都合主義が若干鼻につくものの、細田守監督と脚本家の奥寺佐渡子氏にしか描けない、オリジナリティあふれる新しい定番映画が誕生したと評価したい。

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・子どもは親の所有物ではない
・夢を追い求め、自問自答は続く


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夢を追い求め、自問自答は続く

2012年8月15日22:45 | つぶやき, 書評 | 個別URL

 きっかけは、はっきりとは覚えていない。偶然、ちきりんさん(@InsideCHIKIRIN)とブログ「Chikirinの日記」の存在を知り、感銘を受け、過去記事を遡って読んだ。保険に対する考え方など、一部を除き、おおむね同意する。

『ゆるく考えよう』は、悩み・不安を軽くする人生指南書

 「Chikirinの日記」を再構成したちきりんさん初の書籍『ゆるく考えよう 人生を100倍ラクにする思考法』が発売された2011年1月、市外の大型書店なら平積みになっているはずだから、中身を見て気に入ったら買ってきてと相方に頼んだ。ブログをまったく読んだことがない相方に読んで欲しかったからだ。しかし、タイトルが気に入らないと言い、買って来なかった。その後も、オススメブログとして「Chikirinの日記」を何度も薦めたが、話題になった記事数本を除き、読んでくれなかった。仕方がないので、私のほうで内容を要約し、口頭で伝えた。

 最近、ふと思いつき、図書館の蔵書を検索したところ、『ゆるく考えよう』があったので予約した。発売から1年以上経っているにも関わらず、5件も予約が入っており、ちきりんさんの知名度・影響力は、ネット上だけではなく、リアルにも広がっていると驚いた。ちなみに同時に予約した『自分のアタマで考えよう』はベストセラー小説並みの26人待ちで、まだ順番が回ってきていない。

 こうした経緯で、ようやく2012年7月に入って読んだ『ゆるく考えよう』。ブログの再構成にとどまらない密度の濃い内容に、新刊で購入するべきだったと反省した。内容と体裁から、いわゆる「自己啓発本」に分類されるかもしれない。しかし、本質は、情報リテラシー・知的好奇心の高い人に向けた哲学書だ。手元に置いておき、何かに悩んだら、その都度、読み返したい。本のページをめくりながら、ここ数年の悩み・不安が少しだけ軽くなった気がした。

挫折と限界を知った高校時代、英語への苦手意識と後悔

 今後、日本国内で働く限り、一流企業に勤めるグローバル人材と、一部の特定の職業以外は、高い収入を得ることは難しいだろう。「勝ち組」になるには、高い英語力(語学力)、コミュニケーション力、人脈(人的ネットワーク)が必要だ。しかし、会社員の父と専業主婦の母の教育方針「塾・予備校はなし、小中高大すべて国公立、大学の学費は奨学金をもらい、自分で支払うこと」に沿ったばかりに、それらを得ることができなかった。
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「増税」は不安を増長させるだけ(2012年6月のツイートまとめ)

2012年7月15日12:40 | つぶやき | 個別URL

 相変わらず体調が悪く、時々、突然、不快な感じに襲われ、仕事も家事もはかどらなかった。原因は何だろう、と突き詰めて考えて行くと、「住民税・社会保険料のアップ=手取りの減少」と「消費税の税率アップ」の決定、企業の業績悪化、工場閉鎖・撤退など、さまざまなネガティブな報道、そして、フォローしている人全員のツイートを読みたくても、数が多すぎて読む時間がなく、突然、アプリが落ちたり、電波が圏外になって読めなかったりする「Twitter」にありそうだ。心理的には、Twitterの問題が一番大きい。Twitterを一切見なければ、嫌なニュースも目にすることはない。そうわかっていても、リアルタイムの情報、役に立つ情報、心に突き刺さる言葉を求めてアクセスしてしまう。

 母親は昔からケチだったが、思い返してみると、1989年4月の消費税導入、1997年4月の3%から5%の税率アップのたびにケチの度合いが強くなり、1997年秋に父が定年退職した後は、私と父にまったく金を費やさなくなった。2000年春に自動車を購入した後、日帰り温泉や外食に行く頻度は多くなったが、家族でのレジャーといえば、本当にそれだけだった。

 日本育英会の無利子奨学金の貸与を受け、大学の学費はすべて自分で支払った。大学時代、親からは通学定期代しかもらっていない。1台目のデスクトップPCは親のお金で買ってもらったが、母には「パソコン必須のような学部を選ぶから」と文句を言われた。今となっては低スペックで笑ってしまう仕様の液晶ディスプレイ分離型のデスクトップPC(HDD容量8.4GB)の価格は、1999年当時、約30万だった。もう半年待てば、もっと安く済んだだろう。しかし、大学2年の夏に自分のパソコンを購入し、自宅からもインターネットを利用できるようになったおかげで今の自分がある。お金を出し渋る母を説得してくれた父に心から感謝したい。

 2台目以降のパソコン、携帯電話の端末代・通信代、インターネット代、就職活動費用は、すべて自分で支払った。日本育英会の奨学金は、今から数年前に全額返済し、早期返済の特典として、10万円ほど返還された。学生時代、免除を申請していた国民年金は、後年、父にアドバイスされた金額まで追加で払い込んだ。結婚式の費用は全額私が支払った。母からは空の祝儀袋を渡され、他の方からいただいたご祝儀は、相方の口座に振り込んだ。もらった相手を考えると、折半しようとは言えなかった。列席者への連絡や当日のフォローなど、率先して動いてくれたことには感謝しているが、現金は一切渡さないケチぶりに呆れた。

 民法によると、「親は未成熟子(経済的にまだ自立していない子)を扶養する義務がある」という。社会人として働き始めた後は、家賃・食費として月3万円、転職して年収が増えた後は、月3万円とインターネット代に加え、実家の固定電話代・新聞代を支払っていた。自動車の維持費(駐車場代・車検代・任意保険代など)、ガソリン代も支払っており、結婚して実家を出るまで、毎月、かなりの金額を負担していた。まだ高価だった液晶テレビ(16万円)や冷蔵庫、洗濯乾燥機などもプレゼントした。大学の学費は全額自分で支払ったため、実際には、高校卒業時までしか扶養してもらっていないようなものだ。

 極度のケチの原因の一つは、やはり「消費税」だろう。父が定年退職した後、母は老後資金と称して、年金の一部を貯金していたようだ。父が亡くなり、遺族年金に切り替えるまで受け取っていた自分の厚生年金に至っては、全額積み立て年金口座に振り込み、一切手をつけていないらしい。私は、中学・高校時代とも塾・予備校に行かせてもらえず(中学時代に一度、冬休みの短期講習を受けただけ)、母には、自分の暮らしより、子どもの教育を優先する考えなど、一切なかった。

 今後、消費税の税率が8%、10%と増えるに従って、母は今まで以上にケチになり、私に金銭的支援を要求してくるに違いない。今まで家族に犠牲を強いて貯め込んだ老後資金は、過剰な食費と、私には無駄にしか見えない装飾品などに消えていくだろう。もちろん、今後も一定額は貯金に回すはず。幸運なことに、東証一部上場の大企業の平社員だった父は年金支給額が高いほうだったらしく、母も、社会保険庁の担当者に「遺族年金の金額は高いほうですね。羨ましいですね」といわれたそうだ。結婚後、専業主婦となって以来、「他人に使われる仕事は嫌」といい、報酬が得られる仕事を一切しなかったにも関わらず。1946年生まれの母は、若い頃、夢を追って職を転々とし、ノマドのような生き方をしていた。しかし無理がたたって身体を壊し、困窮していたところ、偶然出会った父に救われたらしい。結婚相手は最初から金づるだ。

 日本の経済活性化を阻害している最大の要因は、「増税」と「手取りの減少」にあると感じる。増税(税率アップ・控除額引き下げ)は将来に対する不安を増長させ、手取りの減少は、短期的な消費意欲減退・生活費の切り詰めにつながる。

 たとえ、私自身が心理的・経済的不利益を被ることになっても、高齢者の年金支給額を全般的に引き下げて欲しい。生活保護の受給資格も厳しくし、企業の経営状況から「最低賃金」を急に上げられない以上、支給額は最低賃金以下に抑えるべきだ。年金のほとんどを貯蓄に充てるなど、もってのほか。血を分けた子どもに投資しないなら、いっそ産んでほしくなかった。物心ついた時から、何度も「お金がない」という言葉を聞き、過度の節約・倹約を強いられた。実際には、それほど貧しかったわけではなく、専業主婦だった母が少しでも働いて収入を得ていれば、余裕をもって生活できていただろう。定年直前の父の年収は、私と相方の現在の年収の合計と同等だったのだから。

 親から子へ、心の貧困は連鎖する。親を怨むことなく、社会に対する不平・不満をそれほど感じず、毎日楽しく過ごせるような、「他人に優しくなれる世界」を望みたい。最近は、月曜日の午前中が一番気分がいい。締め切りに追われて集中して仕事をしている時だけ、嫌な過去や将来への不安を忘れられる。

【関連記事】
・子どもは親の所有物ではない
・経済活性化策を考える

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子どもは親の所有物ではない

2012年6月17日09:20 | つぶやき | 個別URL

 5月25日に何気なく書いたツイートが執筆者本人にリツイートされ、それがきっかけとなり、過去最多となる31件のリツイートと、7件の「お気に入り」をいただいた(2012年6月16日時点)。

 「子は親を養うための道具ではない。子は親の所有物ではない」とは、リンクを紹介した松永英明さん(@kotono8)が執筆した記事「河本準一氏叩きで見失われる本当の問題」の本文中の言葉をそのまま引用したもの。そして、記事を読んだ感想として、<この言葉を母に聞かせたい>と加えた。多数のリツイートは、「晒し」ではなく、「賛同」を意味していると思いたい。私と同じように、母親に対し、複雑な思いを抱いている人は少なくないようだ。家庭環境は人それぞれ。しかも、インターネットや友人を通じて多くの情報を得ている子ども側ではなく、交友関係が狭く、古い昭和の固定観念にとらわれた親側に問題があるパターンのほうが多いはず。現状の生活保護・年金・社会保険などの各種社会保障の制度と、高所得者優遇の税制を続ける限り、親族間の扶養義務強化には強く反対したい。
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ループする貧困・格差の問題と閉塞感(2012年5月のツイートまとめ)

2012年6月16日18:10 | つぶやき | 個別URL

 図書館で偶然見つけた2009年12月発行の書籍『格差社会という不幸』を読んだ。動画ニュース「宮台マル激トーク・オン・デマンド」の再録のため、今から2、3年以上前に討論された内容だ。しかし、去年から今年にかけて、事故や制度変更をきっかけに注目を集めるようになった「貧困」「晩婚・非婚化」を中心に、行き過ぎた規制緩和や事なかれ主義による「安全軽視」、情報リテラシーの知識やとらえ方の違いによる数々の「炎上事件(個人叩き)」、そして、ネットとリアルの融合によって生まれた「ビックデータ」の活用と「個人情報保護」の両立など、さまざまな問題について、すでに論じていたことに驚いた。

 良識ある人のなかでは、現状を打破するための解決策は、ほぼ見えているはず。経済を活性化し、金銭的にも心理的にも身体的にも「生きやすい」世の中を作り、特に若年層の収入を増やすことだ。

 経済成長とともに、人類初の大量生産・大量消費の資本主義社会が到来し、核家族化が進んだ結果、「金の切れ目が縁の切れ目」になった。日本経済全体の成長が鈍化した後も、昔の栄光の復活を追い求め、さまざまな仕組み・制度の抜本的な見直しを行わなかった。『格差社会という不幸』の中で繰り返し触れられた、現状は「タメのない社会」という指摘に共感した。一度失敗するとやり直しが効かず、生まれついた家庭環境がよくないと、親が死ぬまで、生涯、負の影響を受け続ける。「タメのない社会」は、経済格差を助長させ、その結果として階層の二極化と少子化が進んでいく。問題は、「格差」ではなく、日本国内での相対的な「貧困」。そこに気づかない限り、世の中はよくならない。

 大学で初めてインターネットに触れた時、これから絶対に伸びる、可能性に満ちた世界だと思った。それから14年。ツール(道具)としては、高齢者を除き、広く一般に普及し、情報を自ら発信する人も増えた。掲示板・チャット、ブログ、コメント欄、トラックバック、そして、Twitter・Facebookと、手段は変わっても、Webのトレンドは、一貫して双方向・リアルタイムのコミュニケーションの活性化に向かっている。しかし、同時に昔ほど、楽しさを感じなくなってきた。Facebookや有料メルマガなど、閉じたネットワークで楽しむ傾向が強まり、書き手の顔が見える面白い個人ブログ、Twitterユーザーが減ってきてしまった。初代iPadを購入してから丸2年、ずっとネット端末として使い続けてきて、本音としては、iPad本体ではなく、iPadで見ているネットコンテンツに蔓延する閉塞感とループ感に対し、少々「飽きた」感じは否めない。

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