滅びの美学-コードギアスR2 最終回再評価と総括


■mixiより転記

 ブログの感想を読んでいて少し印象が変わったので改めて。ネット上で一部の人が力説している「ルルーシュは生きている説」。最初は馬鹿な、と思ったが、確かにC.C.の目線などを見ると、「あり得る」と思う。スザクにすら嘘をつき、事件が完全に風化するまで、自分を殺して生きていく。C.C.の最期を看取る日までは。…こうなると、C.C.の一人勝ち。

【最終回オンエア直後の感想/最終回前の分析】
・コードギアス 反逆のルルーシュ R2 最終話「Re;」感想
・コードギアス7つの功罪

 カレンはもう一人のルルーシュ。ありえた未来。素顔がばれるまでは、カレンと同じようにすべてが終わったら学園に戻るつもりだった。そのためのゼロ、そのための仮面。実際にルルーシュ自ら、カレンに伝えている。ユフィもスザクに望んでいた。「学校行ってね。私は途中で辞めちゃったから…」。真剣に作品を見始めてから、ルルーシュとカレンのよく似た境遇が気にかかっていた。何か意図があるはず、と。カレンは一パイロットだったため、顔がバレても比較的容易に元の生活に戻ることができた。一方、事件の首謀者で政治の場に立ったルルーシュはそうはいかない。

 1期23話のカグヤとゼロの初の対面シーン。ゼロを真ん中にして立つC.C.とカレン。開戦一瞬前の独特の緊張感が流れていた。カレンが一番輝いていた頃。最後はゼロへの一方的な妄信ではなく、素顔のルルーシュに向けて素の自分で呼びかけていた。たとえ実らなくとも、ルルーシュとカレンの間には友情よりも単なる愛よりも深い、心の底からの絆が最後に結ばれたと思う。…もし自分に子どもができたら、カレンと名付けようと思った。本気でそう思ってる。一途で健気で強くて、でもすごく普通で、少し鈍い。裏表のない素直な性格が新鮮に映った。

 それにしても、カレンの「R2」での話の本筋(Cの世界)からの離れっぷりは同情に値する。ゼロと2人だけの写真はない。学園での写真もほとんどない。ブラックリベリオン後も、皇帝ルルーシュ即位後も、ずっと遠くから見ていただけ。余りにもすれ違いに泣いた。本編ではなく、余りにも報われないシチュエーションを想像して泣いた。彼女が気付けば、結末は違っていた。C.C.もカレンならルルーシュの計画を破綻に追いこんでも良い、と思っていたのだろう。24話の「勝ち負け」はそういう意味と捉えたい。

 さて、ルルーシュ。冷静に考えると、予想の範囲内とはいえ、「他の作品ではありえない」展開だった。ラスボスと正義の味方を同時に演じ、きれいに散る。悪の顔と優しい顔、2つの顔がコロコロと入れ替わり、見る方の見解もその時々で変わる。アニメや漫画で誰もなしえなかった世界征服をやってのけた男、世界一優しい嘘つき…。「新選組!」の近藤勇や山南敬介の切腹シーンを思い出した。日本人は、歴史的に死を以って償った人物に対して、比較的寛容だ。生き残り、批判されながらもあがく方が当人にはつらいのに。しかし、なぜだろう。もやもやが晴れないのは。「史実」と「フィクション」の違いか。見終わって明日につながる、希望のあるラストが見たかった。

 25話ラストの後日談、敵も味方も交じって名前の出ているキャラクターのほとんどが親しく同じ一枚の写真に収まっていたのは、「争いのない平和になった」「人々が互いに許しあった」という新しい世界の暗喩だったのだと思う。許せないものはない―。そう思って、私は母の奇行も元上司の無言の非難も、許すことにする。周りは認めてくれないかもしれないけれど、先に怒りを感じた方が負け。心穏やかに、何気ない日常が一番幸せ―ではない。それは死んでいるのと同じ。何気ない日常のなかから明日に向かってあがけ、事をなす時は自分をも壊す覚悟で。2期4話、「巨悪を持って悪を打つ」を実践したルルーシュ。1期から2期に至る間に、作品にハマり過ぎてある程度展開が読めてしまっただけに物足りなく感じたが、普通に触れていれば超展開の超衝撃的作品、と認識しただろう。

 この作品では最初から最後まで「テレビ映像」を多用していた。生放送と編集済みの録画・録音をうまく使い分けて。二重の構造。その分析は後日、 BDがすべて揃ったら。今日は6~9月まで好きな時に取得できる夏期休暇、最後の1日。私の誕生日は谷口監督と同じ。その日にもう一度振り返ろうと思う。