他人に優しい世界とは-コードギアス 反逆のルルーシュ R2 第21話 感想 


■mixiより転記

 なぜ学生服姿で皇帝宣言を? なぜスザクがルルーシュの味方に? 予告に一瞬映った白基調の新コスチュームは何? 印象に残るのは、こうした派手な構図だと思うけれど、キーはルルーシュの言葉にある。ナナリーのためではなく、はっきりと自分が守りたいみんなのために、と断言した。「みんな」の中には、黒の騎士団の幹部やゼロを信じた日本人の一般民衆も含まれていたはず。哲学的な世界の終わりを否定し、人と関わり生きていく現実(リアル)に戻ることを選んだ―。その結果が皇帝の座。フレイヤをはじめ、侵略戦争・テロ活動で死んだすべての人のために。

 「ユフィやナナリーが望んだのは自分に優しい世界ではない。他人に優しくなれる世界だ!」

 録画の字幕を一度見たきりなので、セリフはうろ覚え。ナナリーの「コードギアス R2」6話の「やり直せるはずです、人は…!」に次ぐ、人の本質を突いたセリフに聞こえた。1期と2期のつなぎ方について、いろいろなパターンを考えた、と制作陣は明かしているが、1期とのつながりを考えると、最初から大筋は決めていたのでは? と思う。惜しいのは、物語上の「空所」が多すぎて、脇キャラの掘り下げが少なく感じてしまう。実にもったいない。戦闘シーンも、もっと見たかった。ルルーシュの指揮官としての優秀さは余り伝わらなかったように思う。ギアスを使った奇襲戦法を得意とする策略家・革命家の側面しか見えなかった。

 来週はまた録画での視聴になりそう。自分に厳しく、他人に優しく。嘘をつくことが苦手で、何でもあけっぴろげに話すには良い薬になった。人は駒じゃない。誰もがプライドと自分自身の考えを持っている。周りの空気が読めないのはおそらく母親の悪影響。本職の医師に、行動が病的、統合失調症のように見える、カウンセリングを利用した方がいい、と勧められた。それほどひどい状態なのか。「他人に優しく」というセリフは、母に声を大きくして言い聞かせたいくらいだ。余りにも自己中心的、非常識。そろそろ他人になった方が良いかもしれない。入院中の父は、見舞いに行くたび、苦虫をかみつぶしたような顔をする。そんな顔は見たくなかった…。

 現実には、ルルーシュもスザクも人殺しの罪人。けれど、子どもを所有物のようにみなし、身体の調子が悪い時に放置したり親身に話を聞いてくれない親は親じゃないと思う。子どもの時分から、母親に看病された記憶がない。苦しい時、頼りになったのは父だった。うわべではなく、心の悩みをくみ取ろうとしてくれたのも父だった。どうしてないがしろにしてしまったのだろう…体調不良にすら気付かず。やはり本当は早く決断して自立すべきだった。思い通りにならないことが多すぎてストレスを感じるくらいなら、たとえ金銭面で不利でも離れるべきだった。離れればありがたみがわかったはず。冷静に第三者として判断できたはず。

 今回の「ラグナレク の 接続」の裏テーマはおそらく親殺し。人間として成長するために、物理的に殺すまではしなくても、精神的に乗り越えて個として認め合うことが必要。結局、複雑な家庭のもとに育った母も、その非常識な人間に育てられた自分も子どものままで年齢だけ重ねてしまった。常識が支配する世界にはじかれたノイズ。 全部乗せの「コードギアス」は、実にオーソドックスな心理劇の側面も呈してきた。